照屋寛徳の発言 (憲法審査会)
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○照屋委員 社会民主党の照屋寛徳です。
本日のテーマである新しい人権の論点は、広範かつ多岐に及んでおり、とても短い時間で論ずるのは不可能です。
新しい人権の概念について、憲法学者の芦部信喜氏はその著書で、社会の変革に伴い、自律的な個人が人格的に生存するために不可欠と考えられる基本的な権利、自由として保護に値すると考えられる法的利益は、新しい人権として、憲法上保障される人権の一つだと解するのが妥当である、その根拠となる規定が、憲法十三条の生命、自由及び幸福追求の権利であると述べております。
社民党も、個人尊重の原理に基づく憲法第十三条の幸福追求権は、憲法に列挙されていない、いわゆる新しい人権の根拠となる一般的かつ包括的な権利であるとの立場であります。
ところで、自民党日本国憲法改正草案は、第十九条の二でプライバシー権、同第二十一条の二で知る権利、同第二十五条の二で環境権、同第二十五条の四で犯罪被害者の権利など、四つの新しい人権を定めております。自民党日本国憲法改正草案QアンドAは、それらの改憲理由を、時代の変化に対応するためとか、国民の権利保障を一層充実していくためなどと説明しております。
一方で、自民党日本国憲法改正草案では、憲法第九十七条の基本的人権の本質を規定した条文を全面削除しております。自民党が主張する新しい人権は改憲目的の方便であり、憲法の三大原理の一つである基本的人権の尊重にも反すると批判せざるを得ません。
衆議院憲法調査会において、いわゆる新しい人権を憲法に明記する要否について議論があったことは承知をしております。
結論を先に言うと、社民党は、環境権、知る権利、アクセス権、プライバシー権、犯罪被害者の権利、家族、家庭や共同体の尊重などのいわゆる新しい人権を、明文改憲の上、憲法に明記する必要は全くないと考えます。
日本国憲法第十三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めております。いわゆる新しい人権のほとんどは、憲法第十三条、第二十五条などによって解釈上認められるし、憲法第十三条は、将来生起し得る新しい人権にも対応できる根拠となる一般的かつ包括的な権利であると重ねて申し上げます。
新しい人権との関連で急浮上した高等教育の無償化の改憲テーマに言及したいと思います。
安倍総理は、去る五月三日、憲法第九条への自衛隊の存在と、高等教育の無償化を明記した、二〇二〇年、改正憲法施行を明言しました。
憲法第二十六条第一項は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定めております。教育無償化の範囲を広げることを憲法は禁じておりません。我が国が批准している国際人権規約第十三条の二でも、高等教育無償化の漸進的導入は認められております。
だからこそ、二〇一〇年には、民主党政権下で高校授業料無償化、就学支援金支給制度が実現したのです。それに対し、理念なき選挙目当てのばらまきだとか、投資に見合う効果がないなどと批判し、所得制限を設けたのは、二〇一四年、政権奪還後の安倍政権ではなかったでしょうか。
多くの憲法学者も、教育無償化という政策目的の実現と憲法改正には合理的な関連はないと論述しております。多くの国民が強く求めているのは、早期の高等教育無償化の政策実現であり、安倍総理の言う高等教育無償化を口実とした改憲ではありません。高等教育無償化は、改憲によらなくても、法律の制定と予算措置、すなわち時の政権担当者の政策実現意欲で可能となります。憲法改正の是非を問う国民投票には、一回につき約八百五十億円を要すると言われております。憲法学者の木村草太氏は、不要な改憲で国民投票をするくらいなら、そのお金を教育無償化の財源に回した方がいいと明快です。
さて、我が国では、一九六〇年代の高度経済成長の時代に、大気汚染、水質汚濁、騒音、振動などの公害が大量に発生し、環境が著しく悪化しました。それに伴い、環境を保全し、良好な環境の中で国民が生活できるようにするために、新しい人権として環境権が提唱されたと言われています。環境権を初めて提唱した大阪弁護士会有志らによると、環境権とは、よき環境を享受し、かつこれを支配し得る権利であると定義づけられております。
ところで、さきに紹介した自民党日本国憲法改正草案第二十五条の二は、「国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。」と定めております。これでは、新しい人権に名をかりて、国民に新たな環境保全義務を課すことになりかねません。
結論として、環境権も、改憲による明記でなくても、憲法第十三条の幸福追求権や人格権、憲法第二十五条の生存権に基づき解決できること、沖縄では国の天然記念物ヤンバルクイナや絶滅危惧種ジュゴンなど九百九十一種の野生生物が安全保障体制維持のために絶滅に追いやられようとしている環境権問題があることを申し上げ、意見表明を終わります。