土屋正忠の発言 (憲法審査会)

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○土屋(正)委員 まず最初に、先ほど大平委員から教育勅語の話が出ましたので、それについて意見を申し述べさせていただきたいと存じます。
 公立学校であるのか私立の学校であるのかということをきちっと分けて考えないと、過つことになると思います。
 私立の学校に教育勅語的なものを規範としてはならないということになると、教育の自由、思想信条の自由、こういうことに触れてくるんだろうと思います。これは宗教立の、例えばキリスト教立とか、イスラム教立とか、あるいは仏教立とか、そのほかの宗教立の学校を考えればよくわかることで、それぞれの教義に従って一定の教育をしているわけですから、それも含めて、今日の日本は教育の自由、こういうことがあるんだろう、まず最初にそのことを意見として申し上げておきたいと存じます。
 次に、天皇陛下の存在は象徴であるのか元首であるのか。自民党の憲法改正草案の中には元首として位置づけました。しかし、残念ながら、私はそのとき落選をしておりまして、発言の機会がなかったわけでありますが、あの当時と比べて、自民党の構成メンバーも約半数以上がかわっております。そういうことも踏んまえて申し上げますれば、私は、元首というのはいささかというか相当抵抗があって、象徴ということの方が、より歴史上の存在、天皇の存在にふさわしいんだろうと思います。
 なお、これは芦田均先生の「新憲法解釈」という、昭和二十一年、新憲法がこれから公布されるというときに、昭和二十一年十一月に書かれた「新憲法解釈」という、これを私も何回か読んでいるんですが、この中にこういうくだりがあります。元首といえば大統領も君主もある、元首なる言葉に天皇としてふさわしい尊厳性があると考えるのは間違いである、こういう記述があります。
 私は、象徴から元首になるのは、言ってみれば、わかりやすく言うと格下げだ、このように考えている次第であります。
 長い歴史に鑑みると、天皇家という存在が権力の具体的な執行者から離れて千数百年の歴史があるわけですから、こういったようなことを踏んまえた上で、これからきちっと歴史の上に立って考えるべきだ、このように考えております。
 三点目として、この間申し上げましたが、地方自治の項目について、ぜひ、今後この議論をするときは、地方自治の現場にいる方々大勢に意見を聞いていただいて御判断をお願いいたしたいと思います。
 今の地方自治体は、例えば基礎的な自治体も、百六十八名の東京都青ケ島村から三百七十万の横浜市まであるわけですから、そういったことが今後どのように地方自治の中で変化をしていくのか慎重に考えるべきだ、このように申し上げておきたいと存じます。

発言情報

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発言者: 土屋正忠

speaker_id: 5330

日付: 2017-06-08

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会