安藤裕の発言 (文部科学委員会)
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○安藤委員 ありがとうございます。
きょう、私は、この「世界大学ランキングと知の序列化」という本がありまして、ちょっとこの本を参考にしながら質疑をさせていただきたいと思っているんですけれども、この本の中にこういう指摘があるんですね。
二〇一〇年のタイムズ・ハイアー・エデュケーションは、それまで大学ランキング作成のパートナーであったクアクアレリ・シモンズ社、いわゆるQSという会社ですね、との提携関係を解消して、トムソン・ロイター社とともに新たな世界ランキングを発表した。
変更に伴う手法の改変は、日本の大学の順位に大きな影響を与えた。例えば、世界の上位二百校入りした国内大学数が前年の十一校から五校に減ったこと、アジアの大学の最高峰にあった東京大学が香港大学に抜かれたことなど、メディアは日本の大学の凋落として大きく報道したが、そこでは、THEランキング、タイムズ・ハイアー・エデュケーションランキングが、前年までのタイムズ・ハイアー・エデュケーション、クアクアレリ・シモンズ社ランキングとの連続性を欠き、方法とアプローチを一新した事実は無視をされた。
タイムズ・ハイアー・エデュケーションはその後、二〇一五年にも、研究評価に使うデータベース会社を変え、手法を改定し、その結果、東京大学がシンガポール国立大学と北京大学に抜かれるなど、日本の大学の順位が大幅に再下降したことは記憶に新しい。
かくして、二〇一〇年以降、毎年発表される世界大学ランキングの成績動向が注目されるようになっている。結果が悪ければ識者や政治家などから嘆きの声、厳しいコメントが相次ぎ、よくも悪くも、世界ランキングと日本の大学の国際的な存在感が広く社会で注目をされるようになった。
要するに、ランキングのつけ方の手法は変わっているにもかかわらず、その変わっていることについては全く議論がされず、ただその結果に大変右往左往していることについて憂慮しています。
そして、こういったことも言っているんですね。
これは、既にランキングが大分注目をされているイギリスの事例ですけれども、英国のエクセター大学は、二〇〇四年にイギリス国内で三十位台だったランキングを、二〇一二年にはトップテン入りを果たすまでに引き上げるという、ランキング順位を大躍進させた希有な大学の一つであるが、同大学のマーケティング・コミュニケーション部長は大躍進の舞台裏を次のように明かす。我々はランキングというものがどのように機能しているか苦労して理解し、大学のパフォーマンスを向上させるためにランキングの測定基準を意識して用いる方針を実施したと。
要するに、ランキングを上げるためには、そのランキングがどうつけられているかということをよく理解して、それに対応することをやっていかなくてはいけない。
院長たちは、カリキュラムや成績分布、あるいは教員の論文刊行戦略に関する学術的な意思決定を行う際、それらの決定によって自校の数値やランキングにどんな影響が及ぶかを勘案して決定を行っていることを認めている。重大な決定や予算配分を行う場合であれ、取るに足らない詳細にまでわたる精緻な記録をとる場合であれ、ロースクールの関係者たちは、営利目的のランキング企業からの注文に細心の注意を払うことを快く思っていない。しかし、細心の注意を払わなかった場合に受ける処罰は重い。失敗すれば、ロースクールのランキングが低下をし、学生の募集にも、徴収できる学費にも、スタッフの解雇にも影響が及びかねないということが指摘をされているわけですね。
それで、次の質問に移りますけれども、結局、このランキングの問題点として大きな課題だと思っているのは、論文の数とか引用数とか数値化できるものについては評価対象になりますけれども、数値化されないもの、あるいは数値化できないものは、今評価が大変難しい状況になっているんだろう。
特に、理系は英語での論文発表がある程度当たり前になっているようですけれども、文系についてはそういったことが余りなく、英語で発表されることも少ない。そうすると、ランキングで評価されないがゆえに、予算や人員の配置の上で不利益をこうむるということがないのでしょうか。
このあたりについて、数値で評価できないものについてどのように評価をしていくべきなのか、文部科学省の見解をお伺いしたいと思います。