仁比聡平の発言 (内閣委員会)
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○仁比聡平君 確たることは申し上げられないが、当時の特審局だったのではないかというお話だったわけですね。
当時の法務総裁の大橋武夫氏の聞き取りを行った内政史研究会の「大橋武夫氏談話第三回速記録」という文献がございます。この中で、竹前栄治氏の聞き取りに対して大橋法務総裁は、共産党員は公務員とかそういうものにはしないのがアメリカのやり方だと、日本でも是非やってくれと、どうしましょうかと特審局長の吉河光貞君から言われて、とにかく雇うか雇わないかというのは雇主の自由、それでやれということでやらすことにした。アメリカから何か通知があったかというと、それは特にない、日本政府の責任でやるかということだった。そこで、吉田総理と相談したら、吉田総理もやろうやということでやることにしたのです。それで、大分長い間準備をした。それで、一番先にやったのが電産じゃなかったか。その前に、関係閣僚で相談をした。労働大臣が保利茂さん、官房長官が岡崎君で、私が法務総裁、通産大臣が横尾さんでした。当時の赤坂御門の中で秘密に相談した。私が全面的に治安面は引き受ける。吉田さんも、大橋君がそこまで言うのならば、大橋君に引き受けてもらってやれということで決定したのですと。要旨ですけれども、そうしたインタビューがあるわけですね。
資料の四枚目、五枚目を御覧いただきますと、通産省からレッドパージをされた、免職された飯沼勝男さんという方に対する免職の辞令書とそして処分説明書がありますが、これを見れば、閣議決定の具体化としてこのレッドパージが、国、地方の公務員、教職員、公共企業体、そして全産業で強行されていったということは明らかだと思うんです。
確かにGHQの示唆などがあった。けれども、日本政府は、GHQの権力、権威を奇貨として極めて能動的、積極的に、しかも周到に準備をしてこれを強行していったということではないかというのが歴史の資料から私は浮き彫りになっていると思うんですね。だからこそ弁護士会が次々と人権救済の勧告をしているわけです。
官房長官、時間がもう来ておりますので、是非、官房長官御自身の御答弁をいただきたいと思うんですけれども、二〇〇八年に最初の勧告を日弁連が出したとき、あの当時の当事者の皆さん、今日も傍聴席にもいらっしゃいますが、河村建夫官房長官に院内の閣僚懇談室で御面会をいただきました。このときも私も同席をしたんですが、勧告の早期実施を求める当事者の皆さんに対して河村当時官房長官は、対応部署を定めるということについて検討するという御発言をなさったわけです。その後九年、ずっと勧告は続いていることも踏まえて、是非、当事者にお会いいただくことも含めて、勧告の実施あるいは対応部署を定めることについて御検討いただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。