片山虎之助の発言 (本会議)
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○片山虎之助君 ただいま、院議をもちまして在職二十五年の永年在職議員として栄えある表彰を敬愛する山崎正昭先生とともに賜りますことを大変光栄に存じ、心からお礼申し上げます。
また、橋本聖子先生より丁重なる御祝辞をいただき、誠にありがとうございました。皆様に厚くお礼を申し上げます。
私は、平成元年七月に自民党から参議院岡山県選挙区に出馬し、初当選をしました。この年は、昭和天皇が崩御され、昭和から平成へと元号が変わった年で、消費税の導入やリクルート事件、農産物の自由化など大問題が相次いで起こり、それが与党自民党に大逆風となって議席が激減した中、私は地元の皆様を中心に熱心な御支援により首位で当選させていただき、感激いたしました。改めて感謝申し上げる次第です。
振り返れば、私は、大学を卒業して旧自治省に入り、地方自治の確立と地方の活性化をライフワークとして歩み、諸先輩のお勧めもあって、国政の場でそれを実現すべく、政治の道を選びました。
平成の時代に入り、国内外の政治、経済情勢は大きくかつ目まぐるしく変転し、湾岸戦争、政治改革、政権交代による細川内閣、村山内閣の成立と、まさに激動の時代を迎えました。そうした中、参議院自民党国会対策委員長として、橋本内閣から小渕内閣へと替わり、自民・公明連立政権へと移行する過程にも関わらせていただきました。
平成十二年に森内閣で入閣、最後の郵政大臣兼自治大臣兼総務庁長官から、翌十三年、三省庁合併による初代総務大臣に就任しました。引き続き小泉内閣で留任し、二年十か月間にわたり、総務大臣として郵政事業改革、平成の大合併、三位一体の改革、情報公開と個人情報保護等に取り組み、私なりに全力を尽くしましたものの、その評価は様々で今後にまたなければならないと存じます。
その後、参議院予算委員長を経て、小泉内閣及び第一次安倍内閣で自民党参議院幹事長として三年間務め、郵政民営化、情報通信の自由化、公務員制度改革、地方税財政の強化など、懸案解決に努力いたしました。特に郵政民営化は国論を二分する大議論となり、法案の衆議院提出から修正協議、参議院での否決、衆議院解散・総選挙を経て成立するまでの一連の大嵐の渦中で党執行部の一員として厳しい試練を受け、また多くの犠牲も出しましたが、この大改革の一翼を担ったことに今も深い感慨があります。
平成十九年の選挙では、私の至らなさから苦杯をなめました。しかし、大勢の支援者、友人の皆様に復活へのお励ましをいただき、平成二十二年の選挙でたちあがれ日本から立候補、比例代表で当選しました。以降の政党再編の中で、平成二十七年末から日本維新の会の共同代表兼国会議員団代表を務めております。
我が党は、国会では健全な第三極として政府・与党に対し是々非々の立場にあります。良いことには賛成、悪いことには反対、反対の場合にはできるだけ建設的な対案を提案いたします。我が党は、この国会にも前国会に続き議員立法百二本を提案いたしました。憲法改正については、現在、国民の皆様が切実にその解決を求める教育の無償化、地方分権改革、憲法裁判所の設置の規定の新設を主張しています。今後とも、身を切る改革・徹底行革と地方分権・統治機構改革の党として、近い将来政権を競えるよう頑張ってまいる決意であります。
顧みれば、長いような短いような激動の二十五年間でありました。私は、本日表彰の栄に浴したことの意味を重く受け止め、我が国の発展と参議院の地位向上のため、一層精進努力をしてまいります。これも、長きにわたって私を育てていただき、御指導、御鞭撻を賜った先輩、同僚議員の皆様、また、良いときも悪いときも終始私をお支えいただいた地元岡山及び全国のファンの皆様、さらには事務所のスタッフ、妻を始めとする家族、親族の皆様にも衷心より感謝申し上げまして、お礼の言葉といたします。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)