小野寺五典の発言 (安全保障委員会)
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○小野寺国務大臣 ちょっと今、記憶を呼び起こしましたが、その日、三十一日の午前中、部隊視察に行く予定で、私はもう予定があったので、その報告を受けて視察に行くことにしましたが、官房長も同行するはずだったんですが、官房長をすぐに残して、そこで、しっかり状況を調べて対応しろということで指示をさせていただきました。
そして、今、本多委員がお話ありましたが、私も不思議に思いました。おかしいなと思ったので、なぜ、去年の二月から三月に当時の稲田大臣が調べろと言ったのに、そのときに出てこなかったのか、どうして今回出てきたのかということについて確認をする意味で、官房長に指示をし、そして、その結果、指示をしたのは、三十一日に、土曜日に午前中私は聞いて、調べろということで官房長に調べさせました、その調べた状況がある程度公表できるところまで来たので、官邸に御報告をした上で、四月の二日の月曜日に公表いたしました。
公表すると同時に、やはり、今、本多委員が言ったように、どうもこの過程は変だなと思ったので、もう一度調べろということで調べさせたら、四月の四日の午前中だと思いますが、実は、昨年の三月二十七日の時点で、陸幕の研究本部では、そのイラクの日報が既にあって、そして、それを今まで公表の過程に、上に上げてこなかった。
逆に言えば、当時の稲田大臣には報告せずにずっと黙っていたということがわかったものですから、これはもう完全な、正直言って大変な問題だということで、その事態を細かく調べなきゃいけないと判断をし、その日のうちに大野大臣政務官に調査チームをつくるようにお願いをしまして、そして、なぜこの三月二十七日の、イラクの日報の文書がわかったにもかかわらず、それを公表、当時の稲田大臣にしなかったのか、そのことについて、今、鋭意調査をしてもらっているところだと思います。