浅田均の発言 (憲法審査会)
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○浅田均君 教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所の設置、この三つの改正項目につきましては、前回ここでお話をさせていただきました。今回は、その背景となる憲法に関する日本維新の会の考え方を何点か述べさせていただきたいと思います。
まず一点目、これが一番重要だと思いますが、国権の最高機関である国会が本来の憲法制定権力者である国民の権利を奪うべきではないということであります。
日本国憲法の公布文に「日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つた」という表現があります。また、憲法本文の中にも「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」、これは前文であります。また同様に、前文の中に「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、」という表現もあります。等、日本国民を主語にした文章が四つあります。日本国民という言葉がこれだけ使われながら、肝腎の国民自身はこの憲法制定過程に関与したことが一度もないんです。
現行憲法に関しましては、その制定過程も含め様々な問題点が指摘されておりますが、日本維新の会は、主権者である国民が憲法制定過程に関与することができなかったことが最大の問題点であると考えております。国権の最高機関である国会が本来の憲法制定権力者である国民の権利を奪うべきではないと考えております。
二点目、近代立憲主義において、憲法は公権力を縛るルールであるという主張があります。ところが、憲法の規律密度という観点から現行憲法を概観すると、現行憲法の規律密度は決して高くありません。条項が少なく文言が概括的なら規律密度は高くなく、権力への統制力は弱くなります。例えば、憲法八章で地方自治のことが書かれてあります。九十二条には、先ほどもお話がありました「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」としか書かれてありません。規律密度は低く権力への統制力は弱いとすれば、憲法が公権力を縛るルールであると主張するためには、逆に憲法の規律密度を高める必要があります。そのためにはむしろ憲法改正が必要であるという結論に至るのではないでしょうか。
三点目、私たち日本維新の会は、多様な価値観を認め合う社会を実現させたいと考えております。そのために必要な制度的枠組みはどうあるべきか、その基本法が憲法であると考えております。国の形を基本法で定める、確かに公権力を縛るという部分はありますし、権力を分立させることは必要なことです。しかし、それが憲法の全てではないと考えます。多様な価値観を認め合う社会の実現、多様な人々の自己実現を図る、その前提として機会平等の社会をつくる、そのためには、教育無償化を国民の意思として示すべきだと考えております。
四点目、人間の最も根源的な権利は、自らの生存権です。それで、主権者が自らの生存権を保障するために基本法を作り、国家をつくる。現在も、国家の基本的な役割は、主権者である国民の生命、財産を守ることである、つまり生存を保障することであるという点では皆さん異論はないと思います。そこで考えてみる必要があるのは、果たして現在の日本が日本国民を守ることができるのかということです。北朝鮮のミサイル問題等、安全保障環境が変化しております。この現実を冷静に見詰める必要があると考えます。
以上です。