山本一太の発言 (予算委員会)
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○山本一太君 私、実は三十七歳で国会議員になったんですが、早いもので二十三年も国会議員やっていまして、還暦になりました。実年齢より若く見えるとよく言われるんですけれども……(発言する者あり)あっ、済みませんでした、ごめんなさい。それでもこの二十何年間、安倍総理がいろんな発言をされてきたのを見てきたんですが、これは国民の皆さんにも知っておいてもらいたいんですけれども、私が安倍総理と親しくなったきっかけは拉致問題でした。
当時の自民党では、やはり外交部会で拉致問題を取り上げるべきではない、北朝鮮問題は余りやるべきではないと、そういうやっぱり考え方の実は長老の方々も多くて、なかなか党内で拉致問題の議論ができなかったところ、総理が孤軍奮闘して外交部会に小委員会を設けて、そこに来いと言われたのが総理と仲よくなったきっかけでした。
正直言って、私も最初は半信半疑だったんです。当時は、拉致問題などというものは捏造だという政党まであった中で、しかも党内でこんなことやるなと相当大物議員から怒られる中で、総理が孤軍奮闘してこの会議をやり、私に、必ず、この話というのは本当にあったことなんだと、これはもう日本人として何があっても被害者を取り戻さなきゃいけないとおっしゃって、私もそれから確信を持つようになったんです。
安倍政権でなければ本当に拉致問題解決できないと。これ、総理は一度も御自分で言ったことはないんですけど、私はやっぱり安倍政権で決着を付けていただきたいと思います。この二十何年前からの総理の初心を貫いて、もう是非この安倍政権のうちにしっかりと北朝鮮と交渉して、この拉致問題を、総理、解決していただきたいということだけ、答弁は要りません、お願いをしておきたいと思います。
官房長官もおられますけれども、実は、北朝鮮に対する二本の経済制裁法案、これ、総理御存じだと思いますけど、我々といいますか、何人かで作りました。今外務大臣であそこに格好よく座っている河野外務大臣が常識のない若手議員だった時代だったですよね。二人でまず会つくったんです。その後、当時は自民党の議員だった水野賢一さんを私が誘って、太郎、太郎さんじゃないや、河野外務大臣を誘って、三人で集まって、こんな何か子供みたいな議員だけじゃ駄目だということで菅官房長官のところにお願いに行って、で、二本の経済制裁の法案を作ったんですけれども、まあ自民党どこ回ってもみんなから怒られちゃって全然通らなかったんですね。悪戦苦闘しているうちに総理が幹事長になり、官房長官になり、これを推してくれて、結局この二本の経済制裁法案が通りました。
通ってみたら、北朝鮮問題に対する外交的な、つまり圧力を掛けるツールはこの二本しかなかった。この北朝鮮とのいろんな協議の中で、官房長官はよく御存じですけれども、何度か北朝鮮側から制裁を緩めてくれと、あの法案の制裁を緩めてくれということも言って、これはやっぱりこの法案をしっかりと成立させた意味があったと思いますが、この二本の法案も安倍総理のおかげで成立したということだけは言わせていただきたいと思います。
あと二分なんで、もう質問、結構です。
今日は、世耕大臣、本当申し訳ありませんでした。対ロ協力担当大臣なんですけど、あの八項目あるじゃないですか、八項目。あれ、ODAだと思って勘違いしている人がいるんで、これは、もう世耕大臣の極めて優秀な日本語能力というか、もう類いまれな説明能力で国民に対してしっかり発信していただきたいということだけお願いしたいと思います。
それから、片山大臣、政審でお世話になりました。片山大臣に向けられているいろんな問題はちゃんと説明責任を果たしてください。それで、ちゃんと説明責任を果たして、その類いまれなる能力をちゃんと地方創生の分野に一〇〇%振り向けられるように頑張ってください。だから、説明責任ちゃんと果たしていただきたいというふうに参議院の仲間として思います。
それから、山本大臣、済みませんでした。もう明らかに日本の災害のレベルは一段上がっていますので、これはもう本当に新しい体制が必要ですから、そこは本当に、お忙しいと思いますけれども、しっかりやっていただきたいと思います。
このお三方にこういう質問をするはずだったということだけ申し上げまして、大体私が考えているペースなんですけど、一分ほど余りましたが、これで私の質問を終わらせていただきたいと思います。
ありがとうございました。