松原仁の発言 (本会議)

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○松原仁君 私は、社会保障を立て直す国民会議を代表して、賛成の立場で討論します。(拍手)
 事の本質は、麻生大臣が報告書の受取拒否を明言したことであります。
 審議会の答申や報告書の意義は、問題に対して、専門的知見を使い客観的提言をするところにあります。それを、政府のスタンスと異なるがゆえに受け取らないということは、極めて非常識な行動であります。
 物を人に頼んでおいて、でき上がったものを受け取るつもりでいて、他人からこれはよくないと言われたら、そうだなと言って受取を拒否するというのは、極めて失礼千万な話だと私は考えます。
 各省庁に確認をいたしました。
 総務省は、十五ある審議会において、過去五年間、そのような事例はない。
 国土交通省は、過去十年間に報告書を受け取らなかった事例は確認できない。
 経産省は、平成二十八年から三十一年の該当する事例の有無は、なかった。
 環境省は、平成二十一年以降、答申を受け取らなかった事例は確認されなかった。
 外務省は、政務が諮問機関から報告書を受け取らなかった事例はなかった。
 文部科学省は、過去五年、調べた結果、報告書を受け取らなかった事例はなかった。
 法務省は、過去五年間、同じであります、受け取った。事例はない。
 農水省も、審議会の担当者に照会をしたが、そういう事例はなかった。
 もとより金融庁は、六月十四日の私との質疑において、そうした前例がなかったことを答弁しております。
 こうした前例が見つからない今回の受取拒否は、前代未聞の暴挙と言わざるを得ないわけであります。
 このことが一つの前例となって、今後の審議会は、政権の顔色を見ながら、常に政府にそんたくすることにつながるのではないかと思います。
 多くの官僚経験者が、長期政権において、内閣人事局の人事評価が政務のさじかげんで恣意的に行われる可能性があり、そんたく行政を助長するとの懸念を従来から指摘していました。
 公文書改ざんにおける佐川理財局長の行動は、まさにそんたくであります。今回のあしき前例を背景に、行政及び審議会の中に、そんたくのインフルエンザが燎原の火のように蔓延することを危惧するわけであります。
 これは、日本における民主主義の危機と言えます。令和という新しい時代がそんたく政治のスタートになってはならないし、そんたくが評価される社会が始まってもならない。そんたく精神で生きることがスマートな社会が始まってもならないわけであります。
 後世の歴史家が、令和元年六月十一日、麻生さんの受取拒否から日本はそんたく時代が始まったというふうに、後世の歴史家に言われることがあってはならない、これが今回の不信任に賛成する理由の一つであります。
 古代ローマの政治家であるカエサルは、人間は自分に都合のいい真実だけを見ようとすると語りました。このカエサルの言葉は、不都合な真実をも直視することが政治のとる道であるということを示しています。
 国民は、現在の年金制度だけでは、生活が不十分であることは薄々わかっているわけであります。その不安がさまざまなところで指摘されている現状を考えると、不都合な真実に目を背けずに、老後の生活のあり方を、資産寿命という観点から、健康寿命という観点から、職業寿命という観点から議論する、新しい切り口で議論することが求められます。
 今回の報告書の受取拒否は、不都合な議論から逃避したため、国民のうっすらとした不安は、社会保障制度への確固たる不信感に変わりつつある。本件の最大の問題は、報告書の内容というより、その存在自体を闇に葬ることによって、国民の不信感を増大させたことにあります。
 明治における五カ条の御誓文には、広く会議を興し、万機公論に決すべしとあります。明治神宮の、このホームページにおいて、この意味は、広く会議を開き議論を行い、大切なことは全て公正な意見によって決めましょうというふうに意訳をされている。
 こうした日本人の伝統に反し、寛容の精神を否定するような今回の麻生大臣の報告書受取拒否は、不信任に相当することを強く申し上げ、私の賛成討論といたします。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 119805254X03120190621_018

発言者: 松原仁

speaker_id: 11285

日付: 2019-06-21

院: 衆議院

会議名: 本会議