中川悠の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(中川悠君) 皆さん、じゃ、よろしくお願いします。ちょっと意気込んでしまいまして、とてもボリューミーな資料を作ってしまいました。二十分で収められるように頑張りますので、よろしくお願いします。(資料映写)
今、雄谷さんがお話をされたシェア金沢とか金沢の事例に比べると、かなりちっちゃなというか、とても現場主義なお話でございます。
最初に、前段としまして障害者福祉の中で挑戦してきたことをお話をして、最後の方に地域食堂というお話に持っていきますので、少しだけお付き合いいただければと思います。よろしくお願いします。
ざざっとプロフィールを書いておりますが、少し変わった経歴を持っておりまして、母方の祖父が大阪で精神病院を営んでおります。父親が身体障害の方の義肢装具、義足とか義手を作る技術者だった。その息子が雑誌の編集者だったというよく分からない経緯なんですが、なので、企画ができるとかデザインができるというところの力を何か障害者福祉であるとか社会の困難なことに対して使えないかというようなことをやってまいりました。
一つ目の社会課題です。福祉施設で働く障害者のお給料、工賃が低いというお話です。これはよく知っていらっしゃる方も多くいらっしゃるかもしれませんが、こんな感じです。
B型施設というようなものなので、A型、B型、就労移行、働くところは三種類ありますが、全国的な平均値が一万五千円、月二十日間施設に通ってもそうなる。このお金は何から算出されるかというと、施設が得た収入、例えばパンを作る、作業をする、の収入から原価を引いた残りの利益を来た方々で分配をするんですね。結論的に言うと、施設自身の収入が低いからこそこうなってしまう。
何を隠そう、大阪府、我々が動いている大阪府は全国ワーストワンです。横に全国の情報を付けていますが、北海道が一万八千円台、岩手県も一万八千円台。正確な言葉ではないですが、やはり向こうの方には農作物とか漁獲というのがあって、加工ができる世界がある。対して大阪は、パンを作ってもクッキーを作っても、目の前にコンビニがあったりとかスーパーがあったりもする。なので、独自のものをつくるのはなかなか難しい、だからこそ、内製というか軽作業の方に行ってしまって工賃が低いというふうに考えられています。
その中で、ざざっと時間がないので先に行きますが、二〇〇九年、約十年前からいろんな取組をつくりました。
パンを作って売れないという悩み事を持っている施設と関わって、じゃ冷凍のロールケーキを作りませんかということをしました。パンを作って売れなくて捨ててしまうのではなくて、物を作って、ロールケーキを作ってすぐに冷凍庫に入れる、注文があったら出すということをすると、比較的きちっと売れました。問題点としては、障害者福祉職員が障害者さんがお休みになったときに自分たちが製造に入らなきゃいけないというところを、きちっと冷凍という時間の制限を使うことで、就職率が年間六倍に増えたということがありました。
飛ばします。
電子書籍スキャンプロジェクトというのをしていまして、これは、スマートフォンが出てきた、これからPDFの時代だ、電子書籍の時代だという中で、障害者福祉施設がスキャナーを取り入れて、本当にこれ原価は安いんですが、全国から集まった論文とか書籍等々をスキャンしてPDFで送り返すというような事業をつくりました。これも八年間続く中で結構ないろんな実績はあったんですが、飛ばします。
最後、お墓参り代行サービスというところもやりまして、これはすごいんですよ、対人じゃないので、知的障害の方も精神障害の方も非常に良い。一つのところは九千五百円でやっています。二、三千円がお花代で、五、六千円手元に残る。福祉施設のからくりでいくと、そこに随行する福祉職員のお金は支援費、報酬という国費で見られます。車代も国費で見られます。要は、原価の掛からない、しかも高付加価値なものをつくるとこんなに良くなるのだということで、画面の中にありますが、数か月たつと、お墓の土地を買いました、種が飛んできます、草ぼうぼうになります。それを二、三時間掛けてゆっくりと仕事をすることで比較的高いお給料をもらうことができるというようなことをつくりました。
二つ目の課題、黄色い世界に行きますが、済みません、資料が多くて。
福祉施設で働く職員は、支援のプロであるが、営業、製造のプロではない。今、雄谷さんのお話でも福祉職員自身が持っている課題というのがありますが、彼らは支援のプロですが、営業、製造のプロではない。例えば、ビジネスモデルは間違っていない、でも、我々外部の者が関わった期間だけ状況はプラスになるが、離れると、やっぱり営業ができないとか企画ができないというところはどんどんどんどん元に戻っていくというのがありました。
ちょっと悪口にはなるんですが、精神保健福祉士、社会福祉士という福祉職員がパンを作る、軽作業をつくるというのが一般的ではあるんですが、彼らは製造のプロではないというような問題がある。ビジネス能力、もちろん支援能力は高いがビジネス能力は低いとか、ここで言うのもあれですが、厚生労働省は、工賃、お給料を上げていきましょうということが自立の一歩だというふうに言っている。
私は、いろいろ調べまして、例えば精神保健福祉士を学ぶ専門学校のカリキュラム、ざざっと事例だけなんですが、ここの中には製造も改善も営業も企画も広報もありません。でも、彼らは疑問を特に思わずに、福祉施設に入って、パンを作ったり製造の中に入っているという少しずれた世界があります。
これもどういう捉え方をしていいか難しいんですが、偏差値というもの自身が決して社会福祉学の中では高くはない。これは捉え方が非常に難しいんですが、障害者福祉の社会福祉の中の発展を考えると非常に難しい問題だと考えています。東京の偏差値も入れておきました。
では、じゃ自分なりの施設をつくってみようということで、二〇一四年、つくったのがB型作業所のギブ・アンド・ギフトというものでした。これは大阪の都会の中にあります。淀屋橋という町、一つ上の駅が梅田、要は大阪駅です。その一つ下の町、オフィス街ですね、淀屋橋、本町、堺筋本町、北浜のちょうど中心地につくるということで、ほぼ全員が電車で通勤をします。ほぼ全員が大阪市の内外から集まってくるというような少し変わったつくりをしました。一階がカフェスペース、これは福祉と言っていません。二階が厨房施設、三階が軽作業というエリアです。
考え方の図表が今画面に出ていますが、郊外型の施設の考え方でいきますと、辛辣なことを言っていますが、ビジネス経験の浅い福祉職員が商品を考案し、マーケティングということがなかなかなく商品を作られて、流通力と販売力がなく工賃が低いまま、でも、都会の中で作るには、例えば、うちの生産品は、カフェメニューは管理栄養士がちゃんと入っていますよとか、どこそこ産の野菜ですよということのブランディングが必要になる。カレー屋さんも非常に多い町なので、例えばカレー一つについても、どの金額でどの辛さかを考えていくと、やはりオフィスのランチタイムには行列ができてすぐに完売をするようなお店になりました。高い方では月々三万円、通常の倍の金額になる、我々B型施設は約三万円を目指して活動をするというのがあるんですが、ということになる。こんな風景ですね。ちょっとおしゃれめな感じとか、製造、顔を隠していますが、こんな感じの空間。
こんなハッピーを生み出しましたというものに関しては、都会で電車で通勤をするので女子がどんどんおしゃれになっていきます。メークをし出します、夏はスカートが短くなったりもします、男の子は余り変わりません。例えば、電車で都心に通う力を身に付けます。これは、彼らが就職をするときにほぼ、必ずではないですが、都心の方が仕事が多い。これから縮小な日本になっていく中でいくと、都心にやっぱり仕事が集まっていく可能性を考えると、やはり都会に通う力が必要になる。手掛けた料理が、福祉カフェは結構時間的余裕がある施設が多いんですが、やはり忙しい。ちゃんと作ったものを食べてもらっているという実感値からの責任感も出る。オフィス街、中心地は就職先も多かったりもするので、就活をしやすくなるというのがありました。
しかし、残念ながら、昨年十二月に大阪、結構激しい地震がありまして、建物が古い建物を使っていたものですから、少しこの場所を離れなきゃいけなくなって、少し閉じた、で、移転をしていたというのがあります。
本題はここからではあるんですが、産業を取り巻く経済も縮小しているんじゃないか、いろいろなことをやっているんですけどね。小さな経済で回る障害者福祉は、もしかしたら、縮小する産業、後継者不足であるとか人が雇えないというのの担い手になるのではないかということで、京都市とともに伝統工芸の跡継ぎをつくるというちょっと変わった取組もしています。
画面上には全国の繊維製品の伝統工芸品の産業の経済的な推移がありますが、京都の中でいくと、西陣織は、これは公称になるんですが、昭和三十年代を一〇〇とすると今が三と言われています、生産量が。今、いろいろな世界と関わっておりますが、職人さんの平均年齢が七十歳を超えてきている。となると、あと五年ぐらいで結構多くの伝統産業がなくなってしまうのではないかということを言われています。今彼らが抱えている問題は、先ほどのお話にもありましたが、後継者の問題、あとは、どうやってその仕事を発注していいかが分からない問題があります。
一つは、ろうそくの話です。和ろうそくといいまして、植物性のろうそくなんですが、今我々がよく見知っているのは石油ろうそくです。今、神社仏閣は石油ろうそくからLEDに変わりつつあります。なので、消費額はどんどん減ってはいるんですが、そうすると職人さんはどんどんやめていってしまう。このろうそくに絵を描く人が本当にいなくなってきていて、それを、例えば絵を描くのが上手な障害者さんだと描けるんじゃないかというような取組が、これは二年前の事例です、始まりました。
我々は現場に入りまして、どういう工程で作っているかということを福祉的な見識で物を見て障害者さんができる状況をつくっていくがありました。結論的には、いろんな体験会をしたりとかいろんな施設をつなげる中で、一人、精神障害の方が職人として雇用されたというようなことがありました。二年目、去年になりますが、それは京鹿の子絞りというのの糸入れとか絞り、くくりという作業自身の跡継ぎさんがどんどんいなくなってくるというところをやったりもしています。
四つ目の課題からが今日のコミュニティーというところになるんですが、今までの前段、工賃が安いであるとか後継者不足であるかというところを、一つ、空き家の問題、高齢者の孤食の問題につなげていくことができないかということが今の話です。
杉本町、大阪市住吉区にある町で始まりましたちっちゃな取組なんですが、空き家はどんどん増えている、それは周知の事実です。大阪市内は百軒につき十七軒あります。大阪府住宅供給公社というところから、福祉の力で空き家で高齢者の孤食支援ができないかという相談がありました。地域で食事作りをしている障害者施設は比較的多いので、その施設と組んで高齢者の応援ができないかというような取組を始めようと、昨年の八月から始まりました。
物件はこんな感じです。本当にマンションの一〇二号室、一つの部屋なんですが、この物件、結構難しい状況で、七十一部屋ありまして二十部屋が空き部屋です。高齢者優良賃貸の物件が多いので、六十五歳以上の方が三十四部屋、単身者が十九名。これから時代がどんどん五年後十年後になっていくと、どんどん人が減っていく。十年間ここは横のコミュニティーがなかったという物件をモデル事業として動き出しました。
同じ図表を使っていますが、こういう場所を株式、NPOが関わっていくと、やはり提供する食数が少ないのでなかなか収益が出ない、そうすると人はどういうふうに雇うんだろうという問題になる。これを、地域の障害者福祉施設があると、先ほどのお墓参りの事例に近いんですが、支援員自身は福祉施設が雇っている、障害者の方々はそのお給料をもらうことができるというので、比較的ちっちゃな経済で回り続けることができるのではないかというのをやりました。
今、毎週三回、昼御飯を三百五十円で提供しています。多世代の交流ということで、地域に大学が二つあるんですが、そんな彼らが手伝ってくれたりとか。パソコン教室してほしいわとか、補聴器修理してほしいわみたいなことがあると、我々が横のつながりでこのようなことをサポートしたりもしています。
ちょっと社会背景を飛ばしまして。
風景はこんな感じです。本当にマンションの一室なので、地味なんです。ここのお給仕さんというかウエーター、ウエートレスを障害の方がやり、お料理を作っています。そこに対して、日々十二時から十四時までの間、高齢者の方が続々と食べに来るという風景があります。中では、こんな御飯がありますよであるとか、最初四百五十円だったんですが、男性の単身の方を誘ってあげたいからもっと安くしてくれというところから金額が少し下がりました。こんなイベントをしています、イベントも簡単なんですが。
中で一つだけ面白かったのが、おばちゃんが一人現れまして、私たちは死ぬまでにもらえる年金がもう決定しているんだと、なのでもう五千円でも一万円でも、何かお仕事をしながら役に立ててお金を稼ぐことができたらとてもうれしいと言われたので、京都の職人不足というところのお裁縫、糸入れという仕事を試験的にお願いをすると、おばちゃんが続々と集まってきていて、みんなで仕事をしていくというのがありました。
いろんな声がありました。人生の恩返しとして障害のある方ともっと関わりたいわというおばちゃまがいたりとか、ずっと耳が聞こえなかったけど、話を聞いていくと、補聴器が修理していただけやった、でも直し方が分からない、なので一緒に調べたとか、株式が運営母体やったら絶対信じへんかったけど、NPOで障害者関係だったからこそ信じることができたとか。
その最後に、五つ目の課題があります。これは提言というか提案なんですが、地域には空き家がたくさんあります。孤食に悩む高齢者もたくさんいます。障害者福祉施設もほぼ必ずあります。でも、食堂の担い手が存在しない。それらをつなげたら、結構いろんな地域でその地域の孤食支援の食堂ができるんじゃないかと考えました。
これは、子供食堂がめっちゃ増えたという話と、ただ、場所の問題、人の問題がなかなかうまくいかなくて、やめてしまっているものが増えているというような事例の紹介になります。
でも、実際空き家が多いが、地域の障害者福祉施設にお話をしに行っても、新しい食堂を経営したいという方はなかなか存在をしなかったというのがありました。
ステークホルダーとしましては、こんな方々がいます。障害者の福祉職員であるとか行政職員であるとか企業とか、障害者の状況を変えていこう、良くしていこうというようなマインドを持つ方はこれだけいらっしゃいますが、次のページにありますように、なかなかそれぞれが前向きに動き出すことが難しいというのがあります。ちょっと悪口になるので、読み飛ばしていただければと思うんですが。
今、新しい取組で、今のステークホルダーの中で唯一、障害者福祉を前に動かすために鍵になるものがある、それが、今注目をされていますが、企業の法定雇用率の達成。
これは、本気でそれを達成したい方と、本気じゃなく利便性のために達成したい方が多くいらっしゃるのは分かるんですが、いろいろな企業から相談受ける中で、彼らはハローワークしか求人の方法が分からない、でも、我々は福祉施設なので山ほどの施設を知っていて、就職したい方を知っている、だが、そこがつながっていない。じゃ、ここをつなげることができれば、何か地域のコミュニティー活性化の担い手を生み出すことができるのではないかと考えました。
次は、離職が多いであるとか、労働条件、人間関係の悪化による離職が多い。要は、企業側が障害者の方々をきちっと雇用し、彼らの仕事をつくり出し、中の人間関係を生み出すのはなかなか難しい。
今、取組を始めている新しいものがありまして、これが、企業の障害者雇用の方々を企業さんがお雇いし、その方々が地域食堂の担い手になる、出向させるというようなモデルができないかということを今、新しく動き始めています。
繰り返しになりますが、課題としましては、企業は障害者を雇用したいけど、仕事の切り出しと雇用管理が難しい。では、障害者さんをお雇いしなきゃいけないのであれば、彼らを雇っていただき、その本社で採用した障害者は地域の食堂に勤務をして地域の担い手になる。
実際、事例も生まれていまして、企業の中でなかなか難しい、いろいろいじめに遭ったという方々が多い中で、福祉食堂に入ると、やはり高齢者の方々は多世代と話ができる。自分自身が料理ができる、調理、清掃ができる、洗い物ができるであるとか、いろんなことができる。そんな方々を、ちょっと飛ばしますが、こういう流れで今、雇用し始めています。
ちょっとこういうような取組をしておりまして、最後に行きますと、実際に我々はいろんな取組をしてきました。工賃が安いであるとか担い手がいないとかという中で、今、社会保障費の中で唯一、障害者というもの自身が持っている社会保障自身を一つの鍵にすることができれば、地域食堂の担い手ができる。でも、それ以外のものはなかなかないんですね。ボランティアもNPOもなかなか続けることができないという中で、まとめとしましては、空き家、高齢者が増えていく中でニーズは増えていくであるとか、コミュニティーが生まれていくであるとか、食堂の担い手の中では小さなビジネスをつくっていかなきゃいけないというのがあります。
最後に、企業の障害者雇用を地域食堂に生かせれば企業の悩みも解決して食堂の持続可能な人材を獲得ができるというのと、これは一つ、僕自身の思いでもありますが、障害者の方々が相談ができる窓口、働いた後の窓口は多くあれども、企業の人事担当者の窓口がない。なので、これがつくれないかということを強く思っています。
済みません、時間をオーバーしてしまいまして。ざっくばらんになりましたが、ちょっと今、地域の中でこつこつと動いている事例を駆け足でお送りしました。地域の食堂自身が必ず増えていく、でも、担い手がいない中で、僕自身、障害者福祉というものをつなぎ合わせればいろんな課題が解決できるのではないかと思っております。
御清聴ありがとうございました。