古川元久の発言 (憲法審査会)
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○古川(元)委員 立国社、国民民主党の古川元久です。
会長、こうして発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は、憲法調査会の時代、中山太郎会長の時代からこの憲法の議論に参加をしてまいりました。特に、この国民投票法を制定するに当たりましては、当時の会長代理であった仙谷先生と、そして枝野さんと私の三人が民主党の担当という形で、その議論の最初から最終的に採決に至るまで、深くかかわってまいりました。今離席されましたけれども、船田先生とかですね。
そうやってみますと、当時の国民投票法の制定に深くかかわった先生方、たしか辻元さんもいらっしゃったのかな、かなりかわってしまっているんですけれども、当時を思い出しますと、中山太郎会長は、憲法改正という内容の議論に入っていく以前に、手続法である国民投票法については、やはりこれは圧倒的な多数の理解と合意を得てつくっていかなければいけないということで、極めて丁寧な議論を行われました。
当時、そもそも国民投票法の手続法の制定自体に反対であった共産党さんなども含め、同じテーブルに着いて、最後のぎりぎりのところまで議論をして、私自身、本当に思っていましたが、最後は、だんだんそれぞれの、当時の与党と、そして当時の民主党案、少しずつ違いを詰めていって、最終的なところではこれは合意をして、そして、国民投票法、圧倒的な多数で成立をするという一歩手前まで来ておりました。それが壊れたのは、当時の安倍総理が不必要な発言をされた。
もともと、憲法の議論というのは、発議権があるのは国会だけです。ですから、まさにこの憲法の議論というのは当時の調査会の中に委ねられている話のところに、総理が突然、新年の会見で、この通常国会で必ず国民投票法を成立させるというその一言がきっかけになり、せっかく、もう与野党を超えて、丁寧な議論の末に、最終的にはまとまって成立させようとしていた国民投票法、それが結局、我々は、我々の案を出すけれども反対ということで、私も、大変残念な思いで、当時、反対討論に立ったことを鮮明に記憶をいたしております。
その後の憲法調査会からこの審査会への動きの中で、こういう状況になってきたのは、やはり、そこまでの丁寧な運び、特に、与野党を超えた、まさに国会議員がこの憲法というものは議論するんだ、立法府だけが唯一発議もできるんだ、そういう中で、憲法改正に賛成の人も反対も含めて、みんなが議論していく、そして幅広い合意形成を行って発議をするということが、やはりそこの一番ベースの原点のところに立っていくということが極めて私は、もう一度、大事なんじゃないかと思います。
そういう中で、先ほど来からきょう議論に出ております国民投票法は、当時は我々も、そのときに考えられる範囲でつくったものでありますけれども、日本でやったことがない初めての国民投票でありますし、当時の状況の中でつくったという意味では、いろいろ不完全なところはあるだろう。やはり、その不完全な部分は随時直していかなきゃいけないという認識での、とりあえずの案であったのが当時の国民投票法だったと思います。
そういった意味では、先ほどからお話がありますように、世の中の変化というものがあって、私自身も、あのときに携わった者として考えますと、今の国民投票法はやはり抜本的に見直しをするということが必要になってきている。
ですから、まさに、あのときと同じように、やはり手続法であるわけでありますから、そこについては、幅広い合意、圧倒的な多数の合意の上でちゃんと必要な改正がされる、そのことをぜひ、会長のリーダーシップのもとで、与野党の中でやっていただきたいということをお願いさせていただいて、私の発言を終わらせていただきます。