石井章の発言 (経済産業委員会)

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○石井章君 日本維新の会、石井章です。
 今日は大きく分けて二点ほど御質問をしたいと思います。
 今日は茨城県人が多くて、一番茨城弁っぽい県北の梶山大臣、そして県央の小沼さんと、私は県南、東京に一番近いんですけれども、まあ一番茨城弁は私がきついと思いますから。
 今回、台風十九号を含めたいろんな災害で命を落とされた方に御冥福と、それから被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げたいと思います。
 いろんな災害というのは忘れた頃にやってくるといいますけれども、特に私の地元の小貝川と利根川のところが、ちょうど四十年前に小貝川の決壊がありまして、当時、私の地元の衆議院の先生が中山利生先生という、これは梶山先生のお父さんと同じ田中角栄さんの門下生で、当選同期でありまして、梶山静六先生の当選同期には小沢一郎さん、それから渡部恒三先生、奥田敬和さん、そうそうたるメンバーがいましてですね。そして、確かに復旧復興が、激特、激甚災害をすぐ中山先生が指定を受けられて一生懸命汗をかいたのをいまだに覚えているんですけれども。しかし、目の前の瓦れきの処理とかそういったものは進んだように見えましたけれども、やっぱり根本的には排水機場をしっかりとしたものを造らなきゃ駄目だということで、これはなかなか予算措置が難しくてですね、そして、当時、中山衆議院議員と一緒に動いてくれたのが郷土の梶山先生であります。ありがとうございました。お父様に感謝いたします。
 そういう中で、今日は大きく分けて二点ほど質問するんですが、まず一点目は、私がライフワークとしています自動車産業界の特に二輪部門の成長戦略についてと、それからもう一点が原発の処理水の問題について御質問したいと思います。
 御案内のとおり、二〇一四年に自動車産業の戦略においては、政府は、二輪の、オートバイのいわゆる販売台数を百万台に数値を設けまして、それに向かっていろんな、官民一緒になってこの台数をクリアしていこうということでありますけれども、昭和四十年代には三百六十五万台の販売台数を誇っておった。特に、東南アジア、タイ、ベトナム等々行きますと、二輪のことを皆さん口をそろえてホンダって呼んでいるんですね。自国のメーカーじゃなくて日本のホンダのメーカー。もちろん、だからホンダ以外にも、ホンダ、カワサキ、ヤマハ、スズキ等々ありますけれども、まあホンダという名称で今でも日本の二輪が愛されているわけです。その中で、肝腎な本家本元は、もう販売台数が三分の一どころか、今、二〇一八年ですと三十六万九千台にまで減ってしまったと。
 私はこの問題を、確かに途中いろんな、オートバイで事故をやって亡くなった方とか多かったんで、高校生を対象に三ない運動とか起きまして、高校生に免許を取らせない、買わせない、運転させないという時期がありました。しかし、平成二十七年でそれはやめたと。そのことをやめて、教育的にしっかりと子供たちにも教育して、オートバイを適正な運転の仕方を教えながら販売台数の一端を担っていこうということもあって、今その最中だとは思いますけれども。
 この質問は、世耕大臣にもう三年間毎回質問しまして、やっと、通常国会がこの間の最後のとき、いや、勉強不足だったと、経済産業省としてもチームを組んで、特に大臣室のレクもそんなに力を入れてやらないんだと、役所の方々が、それをしっかり今度勉強して次の質問の機会にはしっかり答弁したいということをおっしゃっておったんですが、まあ、でもしかし、地元の先輩の梶山大臣になりましたから、なお一層この問題を梶山大臣にも勉強してもらって、しっかり取り組んでいただきたいと思います。
 そういった中で、梶山大臣も恐らく引継ぎの中でそういった話も聞いていらっしゃると思うんですが、まず、大臣のお考え、お気持ちをお聞かせください。

発言情報

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発言者: 石井章

speaker_id: 8195

日付: 2019-11-14

院: 参議院

会議名: 経済産業委員会