岡田克也の発言 (外務委員会)
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○岡田委員 かつて言われた自由と繁栄の弧というのは、私は一種の価値を言う価値観外交というふうに理解をしているんですが、この自由で開かれたインド太平洋というのは、具体的に説明されている、確かに、強弱の置き方で、場合場合で中身は少しずつ変わるんですけれども、もう少し具体的なことを言っていて、人権とか民主主義的な価値とか、そういったものはあえて言ってこなかったというのが今までではなかったかというふうに思います。それがいいか悪いかは別にしてですね。
私がずっと見たところ、菅総理が一度、基本的価値と法の支配に根差した自由で開かれたインド太平洋の実現と、それから、安倍総理が二〇一七年十一月の衆議院の本会議で、「この戦略はまさに普遍的価値の上につくり上げられた戦略である」ということで、根差したとか上にというのも、言い方はいろいろなんですが、この自由で開かれたインド太平洋、構想そのものではない、その背景にあるものという言い方で使っておられたように思うんですね。
今回の日米共同声明は、かなりはっきりと民主主義とか人権と。特に人権という概念が入ってきたのは私は初めてじゃないかというふうに思うんですが、そういうふうにされたということであります。
もう少し定義を、これは日米で協議する必要があると思いますが、明確にした上でやっていかないと、なぜか雰囲気としては分かるんですけれども、内容ははっきりしないままそれを推し進めるというのは、やや日米が協力しながらやっていくビジョンとしてはいかがなものかというふうに思います。
日本側が人権とか民主主義というものを大上段に振りかざさなかったのはそれなりの理由も当然あるわけで、やはり、この自由で開かれたインド太平洋、対象地域は非常に広範にわたるわけで、アフリカもあればアジアもあるという中で、それぞれ、民主主義の成熟度というか、かなり違う。ASEANですら、選挙で代表者が選ばれているという国は実はそう多くはないわけであります。
そういう民主主義の成熟度を考えて、余り人権とか民主的価値というものを前面に出し過ぎると、かえってビジョンの外にこぼれ落ちてしまうということもあり得るので、あえて少し懐深く自由で開かれたインド太平洋というものを捉えてきたというのが日本外交だったんじゃないかと私は思うんです。
そこのところはこれからもよほど気をつけていかないと、かえって、これは実質的には権威主義、専制主義との競い合いだということだとすると、そちらの方が心地いいので、いろいろな国をそちらの方にどんどん追いやってしまう、そういうふうにも考えられるわけですが、いかがでしょうか。