高階恵美子の発言 (文教科学委員会)

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○高階恵美子君 初等教育の少人数制クラスを実現する、実はこれは私、国政に挑んだとき、最初に掲げた政策の一つでありました。何か、今十一年目の若輩者でありますけれども、ああ、時間は掛かっても一歩一歩前進していくんだななんということを実は審議に臨むに当たり改めて感じています。
 発達段階とか興味、関心、それから得意とか専門性、こういったようなことによって教育方法というのは多様に変容するんだと思うんですけれども、学校での学び始めのとき、安心していられる環境をどうつくるかというのは非常に重要なことだなと思っているんです。
 実は私、障害を持ってというか、乳児健診のときに、両足の股関節脱臼、大分重症で、首の据わらないうちに両足手術しました。中学校に入るまで厳重な環境下でいたんですね。リハビリをして歩けるようにはなったものの、成人する頃には自分で立てなくなるでしょうと医師に言われていたんです。で、小学校の一、二年生のときは特別学級というか、養護学級という名称でしたが、養護学級に在籍していました、地元の小学校ですけれど。十六人のクラスで体の弱い子のために設定されていた。そこに専任の教員が、男女ですね、両親のように、何と言ったらいいか、付き添って、家庭との仲立ちもするような、そういう環境の中で学び始めをしたんです。
 その後、今度三年生に上がったときは、通常クラスですね、入ったときに最初、怖いと思いました。普通に成長している子供たちのはつらつとした様子、それからそのにぎわいですね、そういったことが何か乱暴に感じられたり、それから、すごく騒々しくて何か落ち着かない、こんな気持ちを持ったことをよく覚えておりまして、一方で、すごくそのクラスが大きいものだから進捗が遅いんですね、授業の。そうすると、何か学びにフラストレーションみたいなものを感じて、悩める小学生、人生とは何ぞやとか教育とは何かみたいなことを何か考えながら学校に行っていた記憶があるんです。
 今振り返って、養護学級に学んだことというのはすごく私にとっては有り難かったなと思うんです。一人一人の存在そのまんまを認めてもらえる、受け入れる、この当たり前の感覚をいながらにして学習したように思うんですね。メジャーでは測れないこの力というのを付けてもらったように思います。
 つまり、何と言ったらいいんだろう、学習の到達目標をどこに置くのかとか、この子供たちの成長が今どんな状況になっているのかということに合わせて本当は教育環境というのは整えていけるようだと理想的なんだろうと思うんですね。
 今回は、何人ということでサイズを考えていくということになるわけですけれども、どうでしょうかね、この辺の将来的な考え方。

発言情報

speech_id: 120415104X00720210330_011

発言者: 高階恵美子

speaker_id: 24727

日付: 2021-03-30

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会