新藤義孝の発言 (憲法審査会)
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○新藤委員 自由民主党の新藤義孝でございます。
これまでの討議では、日本国憲法に規定のない緊急事態条項について議論を重ねてまいりました。
本日は、国を形成する最も根幹の事項でありながら憲法に規定がない、国防規定について私の意見を述べさせていただきたいと思います。
国の最大の責務は、国民の生命と財産、領土や主権を守り抜くことにあります。その最も根幹的な国防規定について議論をし、憲法に反映させることは、緊急事態条項の整備と併せ、最優先で取り組むべき課題と考えています。
その大前提となるのは、日本国憲法の三大原理です。基本的人権の尊重、国民主権、平和主義の下、我が国は、戦後の荒廃を乗り越えて、今日の自由で安全な社会を築き、経済発展により豊かな国民生活を実現してきました。日本国憲法は既に国民に定着しており、この三大原理は将来とも受け継いでいかなくてはなりません。
その上で議論しなければならないのは、平和を維持するための安全保障の問題であり、とりわけ、いかなるときも国民と国を守り抜くための国防の在り方だと思っています。
日本国憲法にはなぜ国防規定が盛り込まれなかったのか。七十五年前の日本国憲法施行に至る経過を顧みれば、占領下という主権が著しく制限された状態で制定されており、武装解除がなされ、その能力を保持していない状態で、国防規定を定めようがなかったということなのでしょうか。
憲法の制定時には占領軍が進駐しており、また、国際社会は、一九四五年に発足したばかりの国連による国際平和の維持に期待をしておりました。前文にある、「日本国民は、」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」というくだりは、まさにこの精神を反映したものと考えられます。
しかし、国連発足直後から、国際社会は国益と国益がぶつかり合う場となり、東西冷戦構造の下、拒否権を行使できる五大国による国連安保理は機能不全に陥り、日本国憲法が理想とした国際平和秩序の維持は実現しませんでした。
このことはウクライナの例を見ても明らかです。一九九四年、アメリカ、イギリス、ロシアとともに、ウクライナは、非核化と引換えに独立や領土の保全を約束するブダペスト覚書に署名をし、保有する核兵器を放棄しました。また、専守防衛を掲げ、国家的な財政難もあり、独立後、軍備を縮小させてきたことも事実です。あろうことか、安全を保障した当事国であるロシアが一方的にウクライナを侵略するという今回の国際約束違反が発生しても、この野蛮な行為をどの国も止めることができません。
そして、このようなときにこそ国際平和維持を行うべき国連は、拒否権を持つ常任理事国であるロシアの侵略行為を全く止めることができない。国連は機能不全だというゼレンスキー大統領の主張は、国連の限界を露呈したものだと思います。
国の防衛は国際平和秩序のみに頼るものではなく、自分の国は自分で守るという基本をないがしろにしてはいけません。この基本に立ち返るならば、我が国は、GHQが引き揚げ、主権を回復した昭和二十七年時点で、国防規定と緊急事態条項を追加整備した上で、国民投票を実施し、憲法改正を行うべきだったのではないか、私はそう考えているんです。
日本国憲法において、安全保障に関する規定は九条のみです。その第一項は戦争の放棄、第二項は戦力の不保持と交戦権の否認を規定しています。専守防衛、徹底した平和主義を示すこの規定は、今後も大切にしていかなくてはなりません。
この一項の戦争の放棄は、いわゆる侵略戦争の放棄を示すものであり、一九二八年のパリ不戦条約に始まり、一九四一年の大西洋憲章、一九四三年のカイロ宣言を経て、一九四五年の国連憲章に至る国際的な平和主義の概念であることは周知のとおりであります。そもそも、今や戦争は国際法で違法とされており、武力の行使ができるのは、個別又は集団的な自衛権を行使する場合、あるいは国連による集団安全保障措置による場合に限られております。九条一項は、世界平和の概念を反映させたものであると言えます。
一方、九条の二項は、我が国独自の徹底した平和主義の精神を表したものであり、専守防衛とは、この精神の下で受動的な防衛戦略の姿勢を示したものであります。
我が国は、このような憲法九条一項、二項の下で、どの国も保持していると認められる自衛権を行使するために、その実力組織として自衛隊を保持していることになります。独立国家としての国民を守る実力組織として、自衛隊は、一九五四年の創設以来、日々の国防、災害時の活動などにおける献身的な努力で、国民の強い信頼を得ています。
一方、自衛隊が合憲であると言い切る憲法学者は二割程度しかいないとの指摘もあります。国会の中にも、自衛隊を違憲の存在だと主張する政党がまだあります。いざというときの備えとして現実に存在し、その役割が期待されていながら、国の基本法である憲法に位置づけられていない状態をいつまで放置しておくのでしょうか。
ましてや、近年、中国の軍事力の増強、台湾や日本周辺での活動強化、北朝鮮による核やミサイル開発の進展、宇宙、サイバー空間など、新たな安全保障上の脅威が増大しています。さらに、ロシアによるウクライナ侵略は対岸の火事ではなく、国の防衛体制の充実は喫緊の課題になっています。
このような安全保障環境の変化に対応するため、二〇一五年、我が国は、平和安全法制を整備し、存立危機事態における集団的自衛権の限定行使を可能としました。いかなるときも国民を守り抜くための防衛体制の整備は必須であり、必要かつ十分な準備を行うことに異を唱える方はいないはずです。しかし、国民がその必要性を認め、法律や予算でここまで整備を進めている自衛隊は、基本法である憲法に位置づけられておらず、併せて国防に関する規定も憲法に何らないことは、およそ不自然なことではないでしょうか。
なお、憲法改正を行うことが具体的な防衛体制の拡充に直接影響を与えるとは考えておりません。それは、防衛三文書と言われる国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防などの政策と関連防衛予算によって整備されるものです。
私たち自民党が提案している国防規定と自衛隊を明記する憲法改正は、我が国の法体系の整合性を確保し、七十五年前に占領下で制定された憲法を独立国家として完成させようとするものであります。この完成は、国民主権の最大の発露である憲法改正国民投票によって実現するものであり、これまで一度も行っていない日本国憲法の改正は何としても実現させなければならない、このように考えております。
本日は、憲法九条改正の意義と必要性について、私の思うところを述べさせていただきました。この重要な論点については、是非とも各党の御見解も伺いたいと願っております。今後、更に議論を深めたいとも考えております。
審査会に先立つ幹事会において、来週の定例日の開催を提案いたしました。具体的な討議内容については、筆頭間協議を行い、詰めてまいります。委員間の御理解と御協力をよろしくお願いいたします。
以上です。