足立康史の発言 (憲法審査会)
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○足立委員 ありがとうございます。
結局、私たちの結論は、まさに公開討論会とかは当然だし、ファクトチェック・イニシアティブさんのような、そういう民間の取組を、環境整備、いわばそういう取組を促していくというか、そういう取組を歓迎するというか、そういうことが本当に大事だということに尽きると思います。
その中で、立憲民主党などが昨年の国民投票法改正の際に検討条項というのを設けて、あたかも、インターネット規制等が前に進まなければ、そもそも国民の憲法制定権力が三年間は停止されるのであるというような政治的発言を繰り返されることについては、強く抗議をしておきたいと思います。
いずれにせよ、今日、両先生の御意見は、私たちにとってはもう我が意を得たりでありまして、全くそのとおりで、ほとんど質問したいことがもうありません。
ついては、残る時間、玉木代表が私をネットで攻撃してくるものですから、ちょっと補足だけしておきたいと思います。
私が芦田修正について言及したのは、玉木代表が最高裁の判示をどう考えているんだと言うから、最高裁の判示とは全く関係がない芦田修正について、一つの議論の事例として紹介をしたものだということをまず申し上げたいと思います。
その上で、芦田修正と言うと皆さんびっくりされるんですが、ネット上でも言及をいただいている東京外国語大学の篠田英朗先生が、「憲法学の病」という御本でこういうことをおっしゃっています。
芦田は、憲法九条を国際法に沿った理解で解釈していた。その解釈を明確にするために芦田修正を行った。しかし、それは、芦田が、本来存在していない意味を、単なる冒頭の語句の追加だけで付与しようとしたという憲法学通説の糾弾が正しいことを意味しない。
芦田修正は、本来の九条の意味を明確化するために取られた措置であり、存在していなかった意味を捏造するために取られた措置ではない。
既に指摘したように、一九五〇年代末になって突然、芦田が芦田修正による自衛権の留保を唱え始めたという憲法学で流通している理解は間違いである。なぜなら、一九四六年の憲法制定時から、芦田は国際法に沿った九条の理解を示していたからである。
芦田修正とは、憲法九条の意味を変えるためのものではなかった。芦田は、憲法九条の意味をより一層明確にするために、冒頭に、前文とのつながりが明瞭になり、国際法を遵守する憲法の意図がはっきりする語句を挿入した。芦田修正とは、当初から、九条が国際法規範に沿って制定されたこと、前文の国際主義の精神を受けて定められたことをより一層明瞭化するために行った措置だった。
芦田が芦田修正によって憲法九条の意味が変わると国会で審議中に言わなかったのは、芦田修正が九条の意味を変えるものではなく、むしろその内容を明確化するためのものだと考えていたからだろうとおっしゃっています。
私は全く同感でありまして、昨日、友人である上念司さんとちょっと話をしていましたら、彼は、芦田修正説という言い方は誤解を招くので……