福島伸享の発言 (国土交通委員会)
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○福島委員 大臣らしい、生真面目に答弁を読み上げていただきましたけれども、もうちょっと私は生の言葉を聞きたかったと思うんです。
というのは、これまで戦後を支えてきたのは、いわゆる全総と言われる全国総合開発計画、それに基づいた、計画に基づいた様々なインフラの配置などがこの国を成長に導いていったことは事実だと思うんです。
五回にわたって作られた全総を作るのに、全てに関わった下河辺淳さんという人がいます。日立市生まれ、私と同じ日立で、親もやはり日立製作所、高校の先輩です。山口代表と私と下河辺さんはみんな同じ同窓です。水戸学の薫陶も受けて国土事務次官もされた方ですが、その方が「戦後国土計画への証言」という本を書かれています。その中で、国土計画というのは何か。国土を論ずるということは、簡単に言えば、人と自然の関わり方をいろんな角度から論ずることだと思います、国土政策論を論ずるときにいろいろなアプローチの仕方がありますが、基本的には、歴史的に見るということは大きな見方の一つだろうと思いますと。歴史だと言っているんですね、人だと。
残念ながら、私は今の新しい国土形成計画の中には、人とか歴史とかという体温を感じないんですね。
二〇〇五年に、国土総合開発法という、いわゆる全総の根拠になった法律を、国土形成計画法というふうに変えました。そしてまた、省庁再編によって、昔は国土庁という総理府の部門、その前は経済企画庁ですね、更に言えばその前は安本、いわゆる経済安定本部などが総理直轄で作られていたものが、省庁再編によって国土庁がなくなって、国土交通省に移管されました。その二つの計画を比べると、言っていることが全然違うんです。そこから漂ってくるにおいが違う。
確かに、開発をするまでの高度経済成長を重視した計画から、利用、開発、保全による良好な国土の継承といったものに変えるのは必要でしょう。ただ、国土をデザインするという大きな仕事なわけですから、単なるインフラ官庁としての交通や道路を造るだけじゃない理念が必要だと思うんですね。
一九九八年の最後の全総、五全総の中で、二十一世紀の国土のグランドデザインというやつですけれども、そこはどう書いてあるか。我々は今、二十一世紀の幕開けのときを迎えようとしている、二十一世紀の文明の相貌はいまだ判然とはしないものの、人類社会が新世紀にふさわしい新しい文明を生み出し、明るい未来を切り開くことが強く期待されるという前文から始まるんですよ。つまり、二十世紀末、橋本政権のときですけれども、これから新しい文明になるんだ、そのための国土計画を作るんだという高らかな理念が掲げられているんですよ。
その上で、多軸型国土構造と書いてあります。さらに、私がしびれるのは、二十世紀型の都市、産業文明の波に洗われることの少なかった太平洋ベルト地帯から離れた地域、私らの農村地域ですね、今なお豊かな自然の中に点在する肥大化を免れた都市、薄れたとはいえ伝統文化の色濃く残る暮らし、地理的特性に基づく国際交流の歴史等という長所を有しており、これらの地域を二十一世紀文明のフロンティアとして位置づけると。
要するに、単なる地方が大事とか、よく、この委員会でもずっと議論になります。その中に、伝統文化とか国際交流があって、この間、太宰府に私、お参りしてまいりましたけれども、長い歴史の中に培われた国際交流の歴史がその土地土地にあるわけですよ。そういうのを踏まえた計画を作りましょうというのを言っているんですね。
このときが、下河辺さんが最後に国土審議会の会長としてやったんですけれども、そのときに、新しい国土計画を策定するため、こういうテーマに基づいて議論しなさいとメモを作っているんですね。そこには、二十世紀文明と二十一世紀文明というのが一つ、それは何だろうと。二つ目は戦後五十年とこれからの五十年。三番目は直面する経済、産業、企業問題。四番目は国土管理上の諸問題。五番目は首都機能の歴史的展開。六番目は国土政策と国土計画の目標ということで、政策と計画が一番最後なんです。最初は、二十世紀文明と二十一世紀文明ですよ。
まさに今、我々はこのような文明の曲がり角にいるんですね。そのときだからこそ、これは官庁がやってもできません。官庁が、どうしても秀才型の人というのは、与えられた問題を回答するのは得意であっても、新しい価値観を生み出すことは、これは場合によっては芸術家とか表現者の仕事なんですね。
かつての国土審議会はそうしたメンバーを入れていたし、事務局の下河辺さん自身がそうした視点でいたからこそ、それまで第一次、第二次、第三次、それぞれありましたよ、田中内閣のときの狂乱土地投機を生んだときの批判されたものとか、あるいは大平内閣のときの田園都市構想を形にしたものとか、いろいろありましたけれども、しかし、それぞれのときにおいて、まさに哲学や理念、歴史的な価値観に基づいた作られ方をしてきたんです。
それから見ると、残念ながら、法律改正後の国土形成計画は、国土交通省の政策の羅列、ほかの省のやつは遠慮ぎみに、ほかの役所がやっているものをこちょんととじただけなんですよ。ほかの役所の政策を超えることに本来は全総は意義があったと思うんです。だから総理府でやっていたんですね。だから、国土交通省がやるなとは言いません。ただ、作り方だけは、ちょっと私は変えた方がいいんじゃないかと思うんですね。
審議会を見ても、この国土審議会は特殊でありまして、政治家が入っております。与野党のそれぞれの重立った党の議員が入っております。これ、審議会をなくすときに、政治家が入るような審議会はけしからぬと、なくそうとしたんですよ。私も行革を担当したときに、なくせと言いました。
でも、ある意味、これはいいことなんですね。下河辺さんもこう言っています。できるだけ国会議員には遠慮をしていただこうという話が出ましたが、私としては、国土審は代議士が入っていた方がよいという意見を述べた経験があるんです、審議会では、代議士も入って、フリートーキングの懇談会という形ができた方がいいと思うんです、国会においても、国土総合開発計画についての審議は、建設委員会では私は少し限界を感じていて、もっと国政として総合的な土俵で論争すべき政治課題じゃなかろうかと。
先ほど、大臣の答弁でも、国会でまさにこうした国土のデザインというのを議論することがないですよねというお話がありました。もう大分議論は進んじゃっているんでしょうけれども、私は、このままの国土形成計画を作るだけでは、今この国が抱える危機を乗り越えるような、わくわくするものはできないと思っております。
国会議員でまずやればいいんですよ。あるいは、この審議会も、産業界とか男女の比を絞ったり、いわゆる普通の審議会になっております。文化人とか、ちょっと変わったことを言うような人は入っておりません。
下河辺さんはこうも言っております。計画というのは意図でしかないんです、それぞれ現実にはいろいろな利害関係もあれば、住民の人たちもいるわけだから、計画どおりいくとはプランナーは思っていない。失敗していいんですよ、これは。意図したときに理解されずに、むしろ非難を受けながら、百年後に過去を振り返って人が褒めたたえてくれるものだったらうれしいと。
今の人の、平均的な人が思いつくようなことは、五十年後に大体陳腐化しているんですね。今の人が反対と言うものでも、失敗を認めてでも、思い切って新しい時代を切り開くような計画にしなければ私は意味がないと思っています。
これ以外にも様々な計画があります。交通の基本法に基づく計画とか社会資本の重点化の計画とか、そちらはちゃんと行政でやればいいんです。しかし、この基の全総と言われていたもの、それはこの国の、我が国の英知を結集していた。そこには、我々国民の代表である政治家たちの思いも結集した、そうした新しい計画の作り方をすべきだと思うんですが、大臣、いかがでしょうか。