勝部賢志の発言 (本会議)
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○勝部賢志君 おはようございます。立憲民主・社民の勝部賢志です。
会派を代表して、ただいま議題となりました教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案について質問いたします。
ロシアによるウクライナ戦争で多くの子供たちや一般市民の尊い命が奪われました。命を落とされた方々に心から哀悼の意を表します。目の前で親や家族、友達を殺された子供たちの心をどう癒やしたらよいのか、胸が張り裂けそうな思いです。
このようなロシアの蛮行を決して許してはなりません。一刻も早く戦争をやめさせるために、我が国も国際社会の協調した取組に全力を挙げなければなりません。そのことを申し上げ、質問に入りますが、答弁は全て文科大臣にお願いをいたします。
この度の法改正は、教員の研修等に関する記録の作成と指導、助言の規定を整備し、教員免許更新制に関する規定を削除するというのが中身です。
免許更新制に対しては、導入すべきではないというのが私たちの主張でありましたから、制度の廃止自体は基本的に歓迎します。しかし、この十三年、免許更新制がどれほど学校現場にマイナスの影響を与えたか、ただでさえ多忙を極める教員にどれほどの負担を強いたか、しっかりとした検証と反省が必要です。なぜなら、そのことが結果として子供たちに跳ね返ってくるからです。
そもそも、免許更新制は、教員の資質の向上のためと導入されましたが、医師や看護師、保育士などと同様の、生涯有効だった教員資格だけを狙い撃ちにすることの合理的な説明は最後までなされないまま、この制度は導入されました。免許更新時の講習は極めて形式的で、実際に講習を受けた大半の教員は実践には役に立たないと口をそろえ、三十時間の講習の申請や講習受講費の自己負担が重くのしかかりました。さらには、教員志望者を減少させ、臨時採用や中途退職者の再雇用などを困難にしたことで、全国的な教員不足を招きました。この制度は、教員の資質向上という目的と手段が全くかみ合わない誤った政策でした。制度導入を勧めた当時の安倍総理を始めとした責任者に猛省を促します。
文科省は、法案の説明で、免許更新制は発展的に解消すると言い、研修受講履歴の記録を新たに任命権者に義務付けようとしていますが、制度設計自体のまずさなどの教訓が生かされているのか疑義を抱きます。
免許更新制は失敗だったから廃止すると素直に認め、すっきりとした法改正にすべきです。まずは、免許更新制の問題点をどのように反省し、今後に生かすつもりなのか、見解を伺います。
これまでも、例えば、近年だと教育基本法の改正、つい最近だと大学入試における英語検定の記述の問題や、英語検定や記述式の問題など、教育改革と称して政府から出された制度改正には問題があるものもたくさんありました。免許更新制はそれに匹敵するか、それ以上の愚策であり、百害あって一利なしとはこのことです。
そこで、この間、免許更新制がどれほど学校現場や子供たちにマイナスの影響を与えたか、明らかにしてまいりたいと思います。
一つは、教員不足です。
今年一月、文科省は教員不足に関する実態調査を行いました。その結果、年度初めの四月に学級担任がいない、規定の教員数を満たしていないという学校が全国で千五百八十六校もあることが明らかとなりました。四月、新年度が始まって学校へ行ってみたら、自分の担任の先生がいないなんて考えられますか。文科省は、この要因について臨時的任用教員が確保できなかったとしていますが、これはまさに、免許更新制によって、一旦退職した教員に非常勤講師などを頼もうとしても、免許状が失効していて直ちに教壇に立てないということが起こっていたからです。
また、非常勤講師などは、今や六十代、七十代の方々に頼っているのが現状です。しかし、その方々が免許の更新時期を迎えたときに、身銭を切って三十時間の講習を受けて、引き続き教員として仕事をしていただけるかというと、そうはならず、その時点で非常勤講師を辞めるということも実際にたくさん起こってきました。
免許更新制が教員不足の大きな要因となったのは間違いない事実です。その認識を伺うとともに、喫緊の課題である教師、教員不足の改善にどのように取り組むのか、見解を伺います。
教員不足に対応するため、退職教員など、現在教職に就いていない人たちに教員として学校現場を支えていただくことは、当面、極めて有効な手段です。今回の免許更新制の廃止によって、これまで失効や休眠状態になっていた免許の効力を本人の負担なく速やかに回復できるようにすることが重要です。
そのために、手続の簡素化を図ると考えますが、どのように対応するのか、見解を伺います。また、同時に、休眠、失効している方々にどのように周知徹底を図っていくのかも併せてお聞かせください。
さて、二つ目は、教員への負担増です。
令和三年十一月に出された中教審の審議まとめでは、教師の多忙化が進む中、土日や長期休業中も含め、受講や手続に時間を割くことは、教員免許更新制が導入されたときに比べて負担が大きくなっている、学校における働き方改革を進めることが急務であるにもかかわらず、免許更新制に起因して負担が生じることは看過できないと厳しい指摘がなされています。
このような負担は制度導入時から明らかになっていたにもかかわらず、十三年間放置し続けられたことは、働き方改革を進めなければならない現状と真逆になっていて、それが教員採用試験の倍率低下にもつながっているのです。免許更新制がいかに教員への負担増につながったか、改めてその認識を伺います。
三つ目は、教員の身分や地位の不安定化です。
これまでの制度では、現職教員が十年に一度の更新時講習を受講、修了しなければ免許状は失効することになるわけですが、公立教員、公立学校の教員は、免許状が失効した場合は、教育職員としての地位のみならず地方公務員としての地位も喪失することになります。
前出の審議まとめでは、こうした職務上の地位の喪失を招きかねない状況下での学びは形式的なものとなり、学習効果を低下させ、探究心を持ちつつ自律的に学ぶことは期待できないと指弾しています。
人材確保及び職務執行上、教員の身分と地位を確立させることは極めて重要と考えますが、その認識を伺うとともに、どう取り組むのか、見解を伺います。
今申し上げた教員不足や負担増が結果として教員の子供たちに向き合う時間を奪い、そのしわ寄せを子供たちが受けるとしたら、その改善を図るのは当然ではありませんか。
次に、研修の在り方について伺います。
一人一人の子供たちの豊かな学びを保障するためには、教員の日々の探求が欠かせません。教員は現場で育つものです。そのために、同僚と学び合い、研究、研修を重ね、授業に臨んできました。個々の子供たちの変化や成長を知っているからこそ、どういう研修や工夫が必要なのかが分かるのです。
今も昔も、教員たちは、子供たちに分かりやすく教えたい、学ぶ楽しさ、考える喜びを知ってほしいと願い、自ら進んで研修に励んできたのです。しかし、今は余りにも多忙過ぎてその時間が取れないことが問題なのです。
一九六六年、ユネスコにおける特別政府間会議で我が国も賛成して採択された教員の地位に関する勧告には次のようにあります。
教育職は、専門職としての職務の遂行に当たって学問上の自由を享受すべきである。教員は、生徒に最も適した教材及び方法を判断するための格別の資格を認められているものであるから、承認された計画の枠内で、教育当局の援助を受けて、教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠な役割を与えられるべきである。
このように、教員にとって主体的で自由な研修が必要不可欠であることは国際的な常識となっており、そのことによって得られた知識や技能などが子供たちの学びに生かされていくのです。
子供たちの豊かな学びにとって、教員の主体的で自由な研修がいかに重要か、見解を伺います。
今回の法改正では、教員の研修等に関する記録の作成と指導、助言の規定を整備するとしていますが、なぜいきなり研修記録の義務化が出されてきたのか、とても違和感を覚えます。
国際常識に加え、教員の学びの多様性と日々の経験や他者から学ぶという現場の経験の重視、校内研修や授業研究といった日々の営みを重視することが求められる中で、この研修記録が研修の主体性や自由を萎縮させるものになってはならないと考えます。
そこで伺いますが、任命権者が作成する研修等に関する記録については、研修のテーマや内容に踏み込むべきではなく、日時、場所と、どの教科に関わる研修であるか程度にとどめるべきと考えますが、いかがですか。
また、各学校で実施する校内研修、授業研究に加え、自律的で自由な研修を奨励するという観点から、教特法二十二条に規定する勤務場所を離れて行う研修も含まれると考えますが、見解を伺います。
また、研修に関する記録は、任命権者、管理職及び本人が作成することとなるようですけれども、個人情報の管理をしっかりすべきことと併せて、当然、本人が自由に閲覧できるようにすべきと考えますけれども、見解を伺います。
さらに、審議まとめでは、人事評価制度との趣旨の違いに留意しつつと書かれていますが、研修の記録が人事評価と結び付くものではないと考えますが、明快な答弁をお願いします。
教員に対して行う資質の向上に関する指導、助言等については、教員の意欲、主体性を重んじるべきであることから、指導助言者は当該教員の意向を十分に酌み取って行われるべきであることと併せて、審議まとめでは、研修に対して主体性を有しない教員への対応という記述がありますが、いかなる教員に対しても研修が強制とならないよう配慮すべきと考えますが、見解を伺います。
教員の研修がいかに必要なことかは、先ほどから申し上げてきたとおりですが、何よりも今、一番問題なのは、自己研さんも必要だし、研修の重要性も分かっており、学びたいこともたくさんある、しかし、研修に掛ける時間がどこにあるのかという教員の叫びに応えられていないということです。教員の働き方改革は、一向にその成果は現れていません。教員の研修時間を確保するためにも、まず、学校現場の多忙化を何としても解消すべく、文科省としての特段の取組が求められます。
研修したくてもその時間がないという現状をどのように受け止めているのか。その解決に不退転の決意で当たるべきと考えますが、見解及び決意を伺います。
子供への虐待、貧困、いじめ、不登校、自死、暗いニュースばかりを目にします。私たちにとって、子供は宝です。子供の笑顔は何物にも代え難い希望です。その子供たちの夢と未来をつくるのが私たちの仕事ではないでしょうか。その子供たちが多くの時間を過ごす学校が楽しくて生き生きとしたものになってほしいと願っています。
教員における研修は、学びに専念する時間を確保された一人一人の教員が自らの専門性を高めていく営みであり、子供たちの豊かな学びを保障するためには欠かせないものです。誇りを持って、主体的で自由に研修に打ち込むことができるような学校現場を一日も早く実現していただくよう強く要請し、私の質問を終わります。(拍手)
〔国務大臣末松信介君登壇、拍手〕