吉良よし子の発言 (本会議)
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○吉良よし子君 日本共産党の吉良よし子です。
私は、会派を代表して、教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案について文部科学大臣に質問します。
本法案により、政府は、教員免許更新制を発展的に解消するとしています。しかし、なぜ廃止ではなく、発展的に解消するのでしょうか。
そもそも、教員免許更新制は、教育職員の身分を人質に取り、十年ごとに義務付けられた三十時間以上の講習を受けなければ免許を失効させるという制度でした。これは、教職における身分保障について、あくまでも保護されるべきとするユネスコの教員の地位に関する勧告に明確に反するものです。
中央教育審議会の審議まとめでも、免許状を更新しなければ職務上の地位の喪失を招きかねないという状況の下で、教師の主体的な姿勢が発揮されてきたと評価することには慎重にならざるを得ないなどとし、教員免許更新制が教師の学びの阻害要因になると考えざるを得ないとまで言っています。
さらには、教師が多忙な中で、経済的、物理的な負担が生じている、臨時的任用教員等の人材確保に影響を与えているとの中教審の指摘にあるとおり、更新講習に係る時間と費用に対する教員の負担感、うっかり失効が生じる制度上の不備、未更新からくる教員不足といった事態が生じる下で、全国の教育現場から教員免許更新制の廃止を求める声が高まっていました。国会でも、日本共産党始め野党各党が早期の制度廃止を求めてきたものです。
もはや、教員免許更新制の制度的な破綻は明白でありませんか。とすれば、発展的解消などではなく、きっぱり廃止すべきではありませんか。お答えください。
本法案では、教員免許更新制をなくす代わりに、新たな教師の学びの姿を実現するためとして、任命権者である都道府県教育委員会による研修の記録の作成と、管理職による指導、助言を行うとしています。中教審では、これらの方策の実施により、これまで教員免許更新制が制度的に担保してきたものを総じて代替することができると言います。
では、これまで教員免許更新制が担保してきたものとは何なのでしょう。中教審では、教師に学びの契機と機会を提供し、教師が最新の知識、技能を修得できるようにすることとありますが、そもそも、教職員の学びの機会である研修制度は、教員免許更新制ではなく、教育公務員特例法に位置付けられているのではないですか。
教育公務員特例法は、二〇一六年に改正され、国による教員の資質向上に関する指針を参酌して、都道府県教育委員会等が教員育成指標と教員研修計画を策定することが義務付けられました。
例えば、東京都の場合、一年目から三年目の基礎形成期、四年目以降の伸長期、主任教諭となる九年目以降の充実期、指導教諭や主幹教諭となる十一年目以降、そして、教育管理職候補者、副校長、校長という勤務年数や役割に応じたそれぞれの段階ごとに求められる能力や役割として、学習指導力、生活指導・進路指導力、外部との連携・折衝力、学校運営・組織貢献力などに分類して示した詳細な指標を策定しています。そして、初任者研修などの法定研修に加えて、この策定した指標に合わせた各段階で受けるべき研修の内容を教員研修計画に細かく示しています。さらに、東京都では、既に研修の受講履歴も記録され、教育委員会や管理職などから盛んに都教委の研修を受けなさいなどと指導されるそうです。
こうした既に膨大な研修が行われており、さらに、現場でそれらを受講したことの記録や受講を奨励する指導が既に行われていてもなお、教員の研修機会の確保や知識、技能の修得が不十分だというのでしょうか。
むしろ、本法案は、三十時間の講習を強制してきた教員免許更新制の代わりに研修の記録や指導、助言を義務付けることで現在の研修の管理統制を強化するものではありませんか。それは、教師の主体的な学びの姿勢を阻害するものではないですか。お答えください。
本法案により規定される指導、助言は、管理職による対話と奨励として、人事評価の面談、期首面談や期末面談において行うことが想定されています。衆議院では、指導、助言は人事評価制度とは別物だと答弁されていますが、人事評価の面談と同じタイミングでの指導、助言は、本当に人事評価と明確に区別される、区別できるというのでしょうか。
人事評価の面談の場で研修受講の有無などを確認されることは、教育委員会、管理職の意に沿う研修を受けなければならないという義務感、そんたくにつながり、パワハラの温床となる可能性もあります。衆議院では、指導、助言は対話の中で行われることが基本なのでパワハラにつながらない、パワハラにならない形で取り組んでいくとの答弁がありましたが、パワハラにならない形とは何ですか。指導、助言の場でパワハラを防ぐ根拠となる条文はありますか。お答えください。
問題はパワハラだけではありません。中教審審議まとめにおいて、必ずしも主体性を有しない教員に対する対応として、管理職等の期待する水準の研修を受けているとは到底認められない場合は、職務命令に基づき研修を受講させることが必要と明記されています。衆議院では、この研修を命じる職務命令に違反した場合には厳正な措置を講じることもあり得るとの答弁もありました。それはつまり、懲戒処分を行うということですか。お答えください。
教員の研修について今問われているのは、膨大な研修を押し付けることではなく、個々の教師が自主的、自律的に学び、研修できるゆとりと時間をどうやって保障するかということです。
全日本教職員組合青年部の調査によれば、勤務時間内で授業準備をする時間はどのくらいですかとの問いに、一日三十分以内又はないと答えた教師が小学校で六一%、中学校で六九%に上ります。
自由記述にも、元気だった若手教職員が病気による休暇、療休に入った、あしたは我が身、もう体がもたない、何度も辞めようと思いながらやっている、朝七時から十九時まで働くのは当たり前、十九時に帰れればまだよい方、楽しい授業がしたいのに、勤務時間内には報告書、テストの丸付け、校務分掌、やってもやっても次の仕事、やることが山積みで、一番大切な授業準備ができないなど、多くの若手教職員の悲鳴があふれています。文科省の調査でも、教師の一日当たりの学内勤務時間のうち、公務としての研修時間は小学校で十三分、中学校で六分しか取れていないことが分かっています。
休憩時間もない、授業準備もままならず、学校現場を片時も離れることができない状況で、いつ、どうやって膨大な研修を受講できるのでしょう。その条件があるのか、お答えください。
教師の自主的、自律的な学び、研修する機会を保障するためには、教職員の長時間過密労働を解消すること、教員一人当たりの持ちこま数を減らし、足りない教職員を抜本的に増やすことこそ急務なのではないですか。
教職員は、子供たち一人一人の学びと人格形成を支える教育の専門家です。全ての教職員が、教育の専門家としての広い教養、深い専門的な知識や技能を自主的、自律的に学べる時間と環境を保障することこそ必要であると申し上げ、質問を終わります。(拍手)
〔国務大臣末松信介君登壇、拍手〕