谷田川元の発言 (憲法審査会)
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○谷田川委員 立憲民主党の谷田川元でございます。
まず、国葬について意見を述べます。
昭和五十年に佐藤栄作元総理が逝去された際、当時の吉国内閣法制局長官が三木武夫総理に、国葬について、法制度がない、三権の了承が必要との見解を示しました。このような事例があったにもかかわらず、岸田総理は、立法、司法の承認を経ずに国葬を決めてしまいました。
二週間前の当審査会で我が党の米山委員が指摘したように、国民に対して弔意の強制になり得る場合は、憲法十九条に定める思想、良心の自由との関係で問題になります。政府は、今般の国葬儀は国民に弔意を強制するものではないので憲法違反ではないとの見解でしょうが、憲法四十一条の国会は国権の最高機関であるとの規定を無視して内閣の独断で決定したことと併せ、国葬の権威を失墜させたと言わざるを得ません。
岸田総理は、国葬にするかどうかは時の内閣が総合的に判断すればよいと繰り返していますが、これだと、時の政府が税金を使って国葬を政治的に利用する余地が生まれ、今回の国葬のように、国民の間に分断が生まれ、故人を追悼するための静かな環境が破壊されてしまいます。どうしても国葬を実施したいのであれば、多くの国民が納得する形で基準を作り、憲法上の課題を整理し、法的整備を行うべきです。
私は、国葬は天皇の地位にあった方のみを対象とすべきと考えます。というのも、憲法第一条に、天皇は日本国民統合の象徴との規定があるからです。天皇の地位にあられた方であれば、国葬が国民統合を再確認する機会となり、国民の間の分断が生じることはありません。
安倍元総理以前の総理大臣経験者は、内閣と政党の合同葬が慣例として続いてきました。それを更に格上げするとしたら、国民葬とすべきではないでしょうか。
佐藤元総理が逝去されたとき、内閣、自民党、国民有志による葬儀、すなわち国民葬を提案したのは、当時の中曽根康弘自民党幹事長でした。
国論を二分するような政治決断を時の総理はせざるを得ない以上、国民の誰もが支持できる政治家の出現はほとんど期待できません。そして、国葬に次ぐ格式として国民葬を設け、その対象は、総理大臣就任時から二度以上の衆議院選挙を経て、三度以上総理に就任した者とするのはいかがでしょうか。戦後、これに当てはまるのは、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎、安倍晋三の六氏だけです。
大相撲では、大関が二場所連続優勝すると横綱になります。我が国の憲政史上における番付を考えた場合、総理大臣になれば大関とみなし、二度続けて総選挙を勝利すれば、まさに横綱です。いわば横綱級の総理大臣経験者を国民葬の対象とすることを提案します。
次に、旧統一教会問題について述べます。
憲法二十条一項前段は、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」と規定しています。この信教の自由の保障が、旧統一教会への解散命令請求の足かせになっています。しかし、憲法十二条には、基本的人権は「濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と規定し、また、十三条には「公共の福祉に反しない限り、」との条件が記されています。
そして、オウム真理教に対する一九九六年の最高裁判決で、宗教法人を解散させることは信教の自由の直接的な侵害には当たらないとの判例も示されています。
そのオウム真理教によって坂本堤弁護士一家が殺害されてから、十一月四日で三十三年がたちました。坂本弁護士も、当時、統一教会をめぐる問題に対応していた弁護団のメンバーだったそうです。その坂本弁護士が残したとても印象的な言葉があります。信教の自由はあっても、人を不幸にする自由は許されない。まさにこの言葉に尽きると思います。
信教の自由と宗教法人としての特権が失われることは切り分けて議論し、霊感商法などの違法行為が反復継続して行われてきたことは明らかなのですから、旧統一教会への解散請求を政府として速やかに行うべきです。
なお、前回の当審査会において、我が党の階委員が要請した二点、すなわち、霊感商法などの損害回復のために、家族等の第三者が被害の原因となった行為の取消権を行使することは、憲法二十九条一項が保障する被害者本人の財産権を侵害するのかという論点につき、当審査会の最優先の調査事項とすること、そして、与野党問わず、全議員について旧統一教会との政策協定への署名の調査を行うことを、改めて森会長に要請いたします。