山下貴司の発言 (憲法審査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○山下委員 自民党の山下貴司です。
私は、新藤筆頭幹事が指摘した論点のうち、憲法九条についても議論すべきと考えます。それは、自衛隊の憲法適合性の問題について憲法学が今なお迷走している一方で、憲法上の措置を取るべきとする大きな方向性は与野党で合意できると考えるからです。
憲法学は、当審査会に参考人出席された高橋和之先生が芦部「憲法」最新刊の端書きで吐露された言葉をかりれば、国民の七割以上が自衛隊の存在を支持するという現実を前にして、自衛隊の憲法適合性問題を棚上げしてきました。憲法学の圧倒的多数が自衛隊違憲論を唱えていた時代の日本の憲法学をリードした芦部信喜先生ですら、最晩年の講演では、憲法九条に法的拘束力を認めるのであれば、憲法を改正するか自衛隊を解消するかしない限り、憲法規範と現実の矛盾を解消できない、いずれもせずに必要最小限の自衛力を認める立場を取るには、憲法九条を法的拘束力のない政治的マニフェストと考えることも検討すべきかもと、従来の自説を覆すような発言をされています。
近年、若干ながら自衛隊の合憲性を認めようとする憲法学者も出ておりますが、その理論上、憲法条文上の根拠はばらばらです。例えば、当審査会に参考人出席された長谷部恭男先生は、条文によることなく、憲法九条は原理であってルールではないから自衛隊は合憲とするのに対し、さきに紹介した高橋和之先生は、憲法九条はルールだが、戦力ではない実力が許されるという新ルールが確立、定着したから自衛隊は合憲とするなど、条文に基づかない議論が錯綜しています。
他方で、さきに述べた従前の芦部先生のように、憲法九条に法的拘束力を認め、憲法を改正しないのであれば自衛隊を解消すべきという立場も健在です。私が憲法の司法試験考査委員をした経験も踏まえれば、結局、日本の憲法学は、現在まで、何が許されるのか、九条の条文に基づく議論ができないままであります。
私は、憲法九条には一定の法的拘束力を認めるべきであり、芦部先生の指摘を踏まえれば、自衛隊を解消できない以上、憲法を改正すべきと考えます。そして、自民党、与党のみならず、当審査会で、維新、国民民主の野党委員の皆様も同様の意見と考えていますし、立憲民主党の幹部の方もおおむね同様の考え方を公表しています。
前に紹介したとおり、立憲民主党の創設者、枝野幸男氏は、二〇一三年の十月、文芸春秋で公表した「改憲私案発表 憲法九条私ならこう変える」で、「現行九条には手を加えず、これに続けて新たな規定を追加するのが、形式としては最も適切だ」として、現行九条につけ加える形で、九条の二以下の具体的改正条文案を八ページにわたって提案するという、我が自民党と同じ方向性を示し、従来の民主党の方針とそごしないと述べています。
ちなみに、枝野氏は、同論文で、今話題の反撃能力について、「私は現行憲法上でも、日本に照準を向けたミサイルが発射準備を整えた場合、「急迫不正な武力行使」の着手があったとして、自衛権行使が可能だと考えます。弾が入っていると思われる拳銃を突きつけられたら、正当防衛として反撃して良いように、その発射を阻止するのに必要最小限の行為は、自衛権の行使と認められるべきです。」と、反撃能力を容認するかごとき主張や、国連軍参加のための改正も提案されています。
また、立民の岡田幹事長も、二〇〇五年、中央公論で、仮に集団的自衛権を憲法なり法律なりで認めるとしても、きちんと制限を明示した方がいい、いずれにせよ、より具体的な形で議論すべきだとし、二〇一四年、「ダイヤモンド」のインタビューで、集団的自衛権について、「共産党や社民党のように全く認めないのかというと、本当に必要性があるのであれば、それは憲法の大枠と矛盾しない範囲で、認めることもあるべき」と、憲法学界の大勢はもとより、共産党や社会党とも違い、集団的自衛権を限定的に容認する余地を示されております。
そもそも、我が党のたたき台素案は、現行の一項、二項に新たに九条の二を追加し、砂川事件最高裁判決の趣旨を明記し、さらに、首相が最高指揮監督者として文民統制を行うこと、自衛隊の組織及び行動は、法律の下にあり、国会承認その他の統制に服することを明記したもので、枝野氏の公表した改憲案とも大きな方向性を同じくする極めて常識的な内容です。
日本をめぐる安全保障環境が柴山先生指摘のとおり緊迫度を増している中、自衛力に関する規範について憲法学が迷走する一方、これを憲法上明らかにすべきという大きな方向性については与野党幹部を含めておおむね同じである以上、憲法審査会を定例日に開き、この点についても建設的に議論すべきと考えます。
以上です。