北神圭朗の発言 (憲法審査会)
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○北神委員 緊急事態条項については、今、様々な論点の議論がありましたけれども、日本維新の会、そして国民民主党さんと、今月中に成案を、共同案をまとめるべく今鋭意やっていますので、今日は、せっかく赤嶺委員からも話があったので、憲法第九条についてお話をしたいというふうに思います。
岸田政権の防衛力強化に対して、案の定、違憲だという批判が出ています。昔ほどではないと思いますが、相変わらず、安保政策が変わるたびに憲法論議が繰り返される。ほかの国では見られないこの現象は、なぜか。その根本の理由は、自国の防衛に自ら責任を持たなければいけない独立国家にとって、憲法第九条第二項の統制力に相当無理があるからだと考えます。
占領時代は、国防は必然的に米軍に任せていたため、戦力を保持しないとする第二項でも問題はなかった。主権を回復したときに、本来は独立国家としてこれを改めるべきだったのを、解釈に頼って自衛隊や自衛権を認める道を選んでしまいました。しかも、日米安保という片務的な同盟の下で、ずっと盾に徹する役割に甘んずることができました。
しかし、経済大国になり、冷戦が崩壊し、米国の国力が低下する中で、役割が拡大し、これに合わせて二項の解釈も拡大せざるを得なくなった。今や、米国の力がなお低下し、お隣の中国が現状変更を企てる中で、我が国は、もはや盾だけではなく、矛の役割を担うことが求められています。
こうして、第九条二項の文言は一ミリメートルも変わらないまま、解釈だけで集団的自衛権、反撃能力も認められるということになりました。要は、解釈の拡大によって、憲法第九条二項の現実に対応する不備を無理に補ってきたわけであります。
その結果、二項の条文としての統制力は、あってないようなものになっています。つまるところ、二項による自衛のための必要最小限度の実力という解釈基準は、技術進展や情勢変化に応じて、伸びたり縮んだりしています。柔軟といえば柔軟ですけれども、柔軟過ぎて、毎度、解釈をめぐって論争を呼び起こすのです。
平成三十年五月二十二日付の衆議院議員宮川伸議員が提出をした長距離巡航ミサイルに関する再質問に対する政府の答弁書があります。そこでは、政府は、一層厳しさを増す安全保障環境、それから、諸外国の航空能力の進展が著しいといった情勢変化があったという理由だけで、長距離巡航ミサイルを保有することは自衛のための必要最小限度の実力を超えるものではないと答えています。つまり、今後、安保環境がもっと厳しくなり、極超音速ミサイルに代表されるように、諸外国の軍事技術の進展がもっと著しくなった場合、今違憲とされている攻撃型空母や長距離爆撃機なども合憲と解釈されても、論理的にはおかしくありません。
昨日は違憲、今日は合憲。今日は違憲、明日は合憲。どっちでもいいですけれども、猫の目のように解釈が変わっています。これは一体、何の歯止めになっているのか。
私自身は、国防を論ずるたびに、国民をいかに守るかということよりも、憲法上許されるのかという神学論争が優先される不毛な現状に終止符を打つべきだと考えています。そのためにも、また第九条の統制力の形骸化を止めるためにも、第二項を削除して、必要最小限度の実力については法律や政策で柔軟に対応することが望ましいと考えます。
一方で、自民党案では、自衛隊を明記するが、これまでの必要最小限度の実力という解釈は変わらないとしています。多くの憲法学者や一部の政党などが自衛隊を違憲と発言する中で、自衛隊に従事する皆様の士気に関わるといった理由です。その思いは共有します。しかし、事の本質は、違憲呼ばわりされるのは、何も憲法に自衛隊という言葉が抜けているからではないと思います。むしろ、第二項に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定されているからではないでしょうか。
自衛隊は戦力に当たらないという外国の学者がどぎもを抜かすような解釈を施してみせてはいるものの、残念ながら、この解釈が斬新過ぎるがゆえに、一部の方々に対しては説得力に欠ける、だから、自衛隊違憲論がまかり通っているのではないでしょうか。自衛隊違憲論を鎮静したいのであれば、第九条二項という現実からかけ離れた条文を削除することです。
また、前回、柴山委員からは、自衛隊明記は違憲の批判を退けるだけではない積極的な理由がある、それが、自衛隊の活動や内閣、国会による統制を規定できるという意見が出ました。これは確かに一理あると思いますが、こうしたいわゆる文民統制は解釈上既に認められていることで、これも、規定したところで、あくまで確認の域を出ません。
いや、北神さん、あなたもさんざん解釈をする弊害を論じてきたじゃないかと反論されるかもしれませんけれども、二項の必要最小限度の解釈のようにころころ変わるという弊害は、私の知る限りでは、文民統制については見当たらない。また、確認するためだけに法改正をすることは、寡聞にして聞いたことがありません。いわんや憲法においてをや。本来、改正は、法的効果を変更するためになされるものであって、確認的な改正もあります、ありますけれども、これは、ひそかに、しれっとするのが通常のように思います。
以上、憲法の統制力の形骸化に歯止めをかけ、防衛政策論議を現実に即したものにし、自衛隊違憲論を払拭する、三つの理由から第二項削減を主張して、私の意見といたします。
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