熊田裕通の発言 (憲法審査会)
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○熊田委員 自由民主党の熊田裕通です。
発言の機会をありがとうございました。
私は、憲法改正議論の本丸である九条、特に自衛隊明記の必要性について、抱いてきた思いを述べたいと思います。
言うまでもなく、憲法は国民のものであります。憲法は、主権者である国民が、自分たちが、自分たちが生きる社会を運営する仕組みを定め、これによって自由と権利を守り、そして自分たちが目指す社会の在り方、理想の姿を示すという重要な役割があります。
したがって、そのような憲法は、国民一人一人にとって分かりやすいものでなければならないのではないでしょうか。ある条文について、このような意味を持っているのだと誰もが同じことを思い浮かべるものでなければならないと思うのであります。果たして、現行憲法は、そのようなものになっているのでしょうか。
私の事務所では、県会議員時代から、毎年、学生のインターンを受け入れ、政治の最前線を経験していただいております。参加するインターンの学生とは様々な議論をいたします。特に、最近では、安全保障関連や憲法についてのお話もします。その多くの学生が、九条があるのに、どうして自衛隊があるのかという疑問を抱いております。この疑問に対し、これまで築き上げられてきた政府解釈を基に説明をするのですが、なかなか難しい作業です。
この政府解釈とは、九条はその文言からすると、武力の行使を一切禁じているように見えるが、前文の平和的生存権や十三条の幸福追求権を踏まえて憲法全体を整合的に解釈すれば、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置が禁じられているとは到底解されない。しかし、だからといって、九条の平和主義の下では、自衛の措置が無制限に認められるものではなく、必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。そして、九条二項は戦力の保持を禁止しているが、この自衛の措置を裏づける必要最小限度の実力の保持までも禁止する趣旨ではなく、必要最小限度の実力組織として自衛隊の保持は憲法に違反しないというものであります。
もちろん、説明の際にはもっと分かりやすい表現を使いますが、それでも、政治に関心を持ち、それなりの知識を持っていると考えられる学生のインターンでさえ、難しいと一言、言葉を失います。私もその姿を見て、言葉を失います。
多くの国民の皆様にとっても、自衛隊と九条の関係が分かりやすいものであるとは言えないでしょう。繰り返しますが、憲法は国民のものです。そもそも、条文を読むだけでは理解ができず、説明が必要とされること自体、あってはならないことだと思います。
国民全てが憲法、法律の専門家ではありません。社会のありようを示す憲法が国民にとって分かりにくいものであっては、政治の主役であるはずの国民を政治から遠ざけてしまいます。分かりにくいから人々が政治から遠ざかり、遠ざかるから人々により分かりにくくなる、この悪循環を断ち切らなければなりません。
では、九条と自衛隊の関係について、分かりにくさをどう解消するか、それが自衛隊の明記だと思います。分かりにくい解釈をなくしても、憲法を読むだけで、疑問を抱かずに自衛隊があることを理解できる、そのような憲法改正が求められているのではないでしょうか。
本日は、憲法は国民にとって分かりやすいものでなくてはならない、憲法改正議論にはこの視点を欠かせないということを皆様と共有させていただきたく、意見を申し述べました。
引き続き、本審査会が安定的に開催され、国民のための憲法改正議論が繰り広げられることを期待いたしまして、私の発言といたします。
ありがとうございました。