新藤義孝の発言 (憲法審査会)

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○新藤委員 自由民主党の新藤義孝です。
 本日は、憲法九条について、これまでの審査会で各会派から出された意見に関し、論点を絞って意見を申し上げたいと思います。
 先週の審査会では、国民民主党の玉木委員より、自民党のたたき台素案の説明は、憲法学者が違憲だと言っている、教科書に違憲論がある、共産党さんだと思うが国政政党が違憲だと言っているなど、自衛隊違憲論の解消が主たるものとなっているが、そのような消極的な目的は憲法改正を主張する理由として弱く、また、自衛権の行使の範囲を解釈に委ねている以上、戦力不保持を定めた九条二項との永遠の解釈論争を改正後も引きずるのではないか、このような御指摘をいただきました。そして、つまり、物すごい政治的労力を経て改正しても、違憲論に終止符を打つことができず、労多くして益少なしの改正になってしまうのではと御指摘いただいたわけであります。
 まず、私たちが説明している自衛隊違憲論の解消は、憲法改正による効果を述べているものであります。九条の目的は、憲法という国家の基本法に国防規定を創設し、それを担う自衛隊を明記することによって、独立した主権国家としての憲法及び法律の体系を完成させるというところにあります。
 我が国は、憲法九条一項、二項の下で、いかなる主権国家も保持している自衛権を行使するために、その実力組織として自衛隊を保持しています。自衛隊は、一九五四年の創設以来、日々の国防、災害時の活動などにおける献身的な活躍で国民の強い信頼を得ており、その合憲性に全く揺らぎはないと考えているわけです。
 この点、先週、立憲民主党の中川筆頭より、現状の自衛隊は合憲、その役割と必要性については国民に十分理解されているとの発言がありました。この点に関しましては、認識を我々と十分に共有できる、このように思っているわけであります。
 その上で、現行の九条は、日本国憲法で唯一の安全保障に関する規定であり、一項で戦争放棄、二項で戦力不保持と交戦権否認が定められています。しかし、これは平和主義の原理と自衛権行使の在り方に関する規定であって、安全保障の根幹である、誰がどのように国を守るかという国防規定は置かれていないわけであります。
 本来であれば、まず、国防規定とその担い手である自衛隊を定めた上で、現行九条一項、二項のような実力行使の在り方を規定するのが論理的であり、かつ最高法規としてのあるべき姿ではないでしょうか。日本国憲法が国の土台となるべき国防規定とその担い手に関する規定を置いていないのは、占領下という、独立と主権を失い、武装解除により国防を担う実力組織を持っていない状態で制定されたという特殊な経緯があったからにほかなりません。
 私たちのたたき台素案の第一義的な目的は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つという国防規定と、その担い手としての実力組織である自衛隊を憲法に明記し、日本国憲法制定以来の欠落部分を補うことにより、憲法を頂点とする我が国の法体系を完成させることにあります。このことは、憲法改正を考える十分な立法事実と考えております。自衛隊違憲論の解消という私たちの説明は、その思いと効果を国民の皆様に分かりやすく伝えるためのものであることを御理解いただきたいと思います。
 もう一点、これも玉木委員から、九条二項をめぐる自衛権の行使の範囲、いわゆる必要最小限度の概念をめぐる永遠の解釈論争に終止符を打つべし、このような意見をいただきました。憲法九条の下で認められる武力行使の三要件を憲法に明記すべきとの意見であります。
 現在の政府解釈による武力行使の三要件とは、第一に、我が国に対する武力攻撃が発生し、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生して、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、第二に、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、第三に、必要最小限度の実力行使にとどまるべきことであります。これは、二〇一五年に整備された平和安全法制にも明記されています。
 しかし、公明党の浜地委員が指摘されるように、憲法九条の下で許容される自衛権行使の要件は、長年国会審議を通じた政府答弁によって確立してきたものであって、それを過不足なく憲法に規定することは困難ではないかと考えます。どのように規定したとしても解釈の余地は常に生じる可能性があり、最も議論となり得る必要最小限度の具体的な範囲も、結局は我が国に対する脅威の内容や程度によって相対的に判断しなければならず、その時点での解釈に委ねられることになると思います。
 次に、これまで複数の委員から、戦力不保持を定めた九条二項を残したままでよいのか、自衛隊を軍隊として位置づけるべきではないのかといった意見も出されています。
 九条改正を議論するに当たり、私は、日本国憲法の三大原理である平和主義を堅持するということを大前提にすべきだと考えています。九条一項の戦争放棄と二項の戦力不保持、交戦権否認は、いずれも徹底した平和主義の精神、すなわち専守防衛を端的に表したものであり、多くの国民がこの堅持を望んでいるのではないでしょうか。
 戦後七十七年が経過しても、国のために尊い犠牲となられた海外戦没者の御遺骨はいまだ半数近くがふるさとに帰還しておらず、戦争による深い悲しみと傷は、時がたっても決して癒えることなく、私たちの心の中に刻まれています。二度と不幸な戦争を行わないという誓いは国家運営の礎であり、平和主義の規定の取扱いについては慎重な議論が必要と考えております。
 最後に、シビリアンコントロールに関し、公明党の浜地委員より、第二章の戦争放棄ではなく、第五章の「内閣」の章に自衛隊の規定を設けることも考えられるのではないか、このような意見もいただきました。
 私たちが示しておりますたたき台素案においても、九条の二として、「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」との政府部内における統制と、「国会の承認その他の統制に服する。」との国会による民主的統制に関する規定を設けており、シビリアンコントロール規定の整備の必要性については認識を共有できる、このように考えております。
 私としては、シビリアンコントロールの規定は、国防を担う究極の実力組織である自衛隊をいかに民主的統制の下に置くかという観点で整備するものであり、現行の九条一項、二項に加え、九条の二として新たに整備する国防規定の一環として、同じ条文の中に規定することが望ましいと考えているわけです。
 この点、七十二条や七十三条の内閣の職務として自衛隊を明記するという考えは、行政組織の管理運営、統制といった組織的側面に着目した整理と思いますが、そもそも自衛隊は国防という究極の実力行使を担う特別な機関であり、国防という機能的な側面と民主的統制という組織的な側面は密接不可分なものであり、同じ条文に位置づけることが自然ではないか、このように考えております。
 また、自衛隊の任務にある国防規定も含めて七十二条や七十三条に規定した場合には、国防という根幹的な規定と自衛権行使の在り方を定める現行九条が切り離されることになってしまいます。国防及びその担い手である自衛隊に関する規定は、九条の一環として第二章「戦争の放棄」に位置づけることが望ましいのではないか、このように考えているわけであります。
 本日申し上げました幾つかの論点につきましては、今後、是非、各会派の委員なりの御意見をお聞かせいただき、作業を深めていきたいと思います。
 今朝の幹事会におきましては、来週の定例日にも審査会を開催し、討議を継続することを提案いたしました。今後も、憲法審査会が安定的に開催され、充実かつ深い議論が行われるよう、委員各位の御理解と御協力をお願いし、私の発言といたします。

発言情報

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発言者: 新藤義孝

speaker_id: 16290

日付: 2023-04-20

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会