玉木雄一郎の発言 (憲法審査会)
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○玉木委員 国民民主党の玉木雄一郎です。
大変いい議論が行われていると思います。こういう議員間の議論が本当の国会の議論だなと思いますので、立場はいろいろあるにせよ、こうして開いてこういった議論ができることは、本当に価値のあることだと思っています。
まず、冒頭、緊急事態の議員任期の延長について述べたいと思います。
先週、立憲民主党の篠原委員に対して、任期満了を迎えた前議員に議員並みの特別の身分を付与することが立法措置でできるのか、できるとしてどのような立法が可能なのか、今日は回答をいただきたいと思ったのですが、敬愛する篠原先生がいらっしゃらないので、次に回したいと思います。
ただ、私はやはり、そういった立法は違憲立法にならざるを得ないのではないかということと、あと、中川先生から今日はかなり整理されて御発言がありましたけれども、緊急集会の一時的、臨時的、限界的な射程が、まず期間として七十日を、では、超えるとして、どこまで超えられるのか。内閣が求めた以外のものも扱えるとして、どこまでそれがいけるのか。フルスペックに、条約とか本予算とかを全部できるのかというのは、ちょっとさすがに全部は難しいのかなと。では、その間のグラデーションがどこなのかという議論を、もうそろそろ具体的にやっていけばいいのかなと。
奥野さんも言ったように、解釈と法律でできないんだったら、そろそろ、是非、立憲民主党の皆さんとも具体的な憲法改正の条文案の議論を始めさせていただきたいなというふうに思います。
次に、九条改正について述べたいと思いますが、まず、今日は九条の議論をしているんですが、せっかく議員任期の延長についてのかなり成案が得られてきているので、まずはここに集中して議論して、ある程度固まる前にまた九条へ行くと議論が拡散するので、生煮えで次のテーマに行くのはできるだけ抑えてやった方がいいなと、そのことを申し上げて、九条について申し上げます。
前回申し上げたとおり、私は、改正するんだったら、いい改正を是非やるべきだと。あそこもやっておいたらよかったなとか、後で悔いが残るような改正にすべきじゃないというふうに思っています。
やはり九条ということを改正するのであれば、国家国民を守るため、国家という国家権力にいかなる軍事的公権力の行使を認めるのかという本質的な議論が必要だというふうに思いますので、新藤先生の示した組織的側面とシビリアンコントロールは当然なんですが、行動的側面のところですね、自衛権をどうするのかという議論はやはり避けてはいけないというふうに思っています。
今日も各党からいろいろな意見を聞いて思うのは、今やろうとしている案というのは、結局、憲法改正案を議論しているのに、その中身は全部解釈ですということなので、結局、自衛のために必要な措置は閣議決定と閣法で定めるということを決めようとしているんですよ、決定の枠組みを決めようとしているんです。中身がどうかというのは、結局、いろいろな時代状況も変わるので、最後は閣議決定、内閣が決めたり、あるいは法律、特に閣法で決めましょうということを決めようとしているんです。
私は、それも一つの、小野さんが言ったように、現実的に、共産党さんが座っておられてという話もしていましたけれども、どこまで現実的にというのは、もちろんそうなんですが、ただ、立法府なので、筋論としての論理的、法的な議論はやはり一回ちゃんとやっておいて、妥協が必要だったら、そこから妥協の議論をする、最初から妥協を目がけてやるようなのは、私はやはり最高法規の議論ではないと思っています。
自民党案の、九条二項の解釈を維持していますと。北側先生から、「妨げず、」はちょっとはみ出るんじゃないかという懸念も示されたが、依然として維持するということなんですが、維持するのは、結局、目いっぱいに広げた新三要件ですよね、それは。
ただ、例えば維新の小野さんが言ったように、維新も同じように解釈に委ねるんだけれども、その解釈は新三要件ではないんですよ。当時の維新の案はちょっと狭いんですね。やはり、ある程度、我が国のために防衛している、例えばアメリカであったりとか、あるいは、地理的なある程度限界も当時あったと思います。個別的自衛権で何とか読める範囲にあのときは工夫をされて、いい案だったと思うんですけれども。
ただ、同じく解釈に委ねるとしても、つまり、二項の解釈の範囲ですよといっても、その解釈は、例えば、同じ改憲を目指している自民党と維新でも同じじゃないんです。
赤嶺先生に改めて聞くと、何で自衛隊が違憲なんだというと、九条二項に戦力を保持しちゃ駄目だと書いているからだと。シンプルですよね。その戦力を持っちゃ駄目というところが、できるだけ戦後広げてきて、最初、吉田茂のときには個別的自衛権だって駄目だったわけですから、そこから広がって広がって今日に来ていて、一部集団的自衛権まで認めてきている。
自民党案にしても維新案にしても、改正しようとする中身は、結局、時の解釈に委ねますよという改正をしようとしているんです。それは、憲法改正の議論として果たして意味があるのか。
私も、国防規定は必要だと思うんです。ただ、その国防規定は、時の政権は誰が持つのか、そのときの政治勢力や政治的な考え方によって考えが変わってくるし、九条二項という、戦力を持っちゃ駄目ということが生きているので、その関係の中で規定されるので、いつまでたっても違憲論は消えないんです。
つまり、違憲論を伴う国防規定ほど情けないものはないと思うんです。国防規定を設けるのであれば、組織としても、その組織が行使する自衛権についても違憲論が出ないような国防規定にしないと、前線で命を懸けて戦っている自衛隊の皆さんに申し訳ないと思います。いつまでたっても違憲論をまとうような、そんな国防規定を私は改正で作るべきではないと思います。
ただ、一定の柔軟性が必要だということはよく分かるので、どのようにある程度書くのかというのはこれから議論したらいいと思うんです。ただ、少なくとも、九条二項との関係での違憲論をなくすのであれば、一番シンプルなのは、やはり九条二項、いろいろな、情緒論はおいてですよ、戦後、やはりあれだけの惨禍を経験したという九条に対する思いはあるものの、ちょっと法律論なので情緒論はおいておくとして、論理的帰着として、やはり九条二項の削除は議論すべきだと思います。
仮に削除しない場合であっても、新藤先生がおっしゃるような解釈を維持する、あるいは維新の案が言うような範囲内ということではなくて、やはり九条二項を残した上で、前項の例外としてこれこれができると書くべきだと思います。九条二項の範囲でどうかするとなると、赤嶺先生はやはり手を挙げざるを得なくなるんですよ。だから、九条二項を残すにしても、前項の規定にかかわらずとか、例外として何らかの自衛権の範囲を規定するような書き方で九条を残すというやり方でないと、世界に誇るべき国防規定はできないんじゃないのかなというふうに私は思いますし、我が党は思います。
自衛権をどう書き込んでいくのかというのは非常に難しいので、これをまさに議論したらいいと思いますが、北側先生がおっしゃったように、あの中で何とか平和憲法の一番広げた範囲が新三要件であって、それが揺るぎないのであれば、新三要件を書けばいいと思います。あそこまで細かく書くのが規律密度が低い日本国憲法に合わないというのであれば、ぼやかし方をいろいろ工夫したらいいと思うんですが。
ただ、もうあれが全てなんだったら、いや、新三要件を書いたとしても、最後に書いている三番目の必要最小限の解釈は残り続けるんですよね。そこはまた解釈でどうだこうだという話があるので、新三要件を書いても、新三要件の一部のワーディングについては解釈がいっぱい残りますから、あれだけ苦労して新三要件を決めたんだったら、一つ、新三要件を書くのは一案です。
もう一つ、我が党が示しているのは、急迫不正の侵害の一つ目の要件で、これは旧三要件を少し変えて、我が国に対する急迫不正の侵害というのを、我が国にとっての急迫不正の侵害ということで、一部集団的自衛権、かつ、結果として我が国に影響が及ぶものを読めるような条文の書き方はできないのかなということも今考えておりますので、いずれにしても、国防規定を設けるのであれば、やはり、組織にしても行為にしても違憲論が残らないようなものにしたい、するべきだと思います。お父さんが勤める自衛隊についての違憲論は消えても、お父さんがやっていることについての違憲論が残り続けると、やはり誇りを持って働けないのではないかというシンプルな疑問です。
最後に、ネット広告規制について一言申し上げます。
何らかの規制は私も必要だと思うんですが、もうこれは、国民投票法だけじゃなく、あるいは広告という範囲も超えて、もっと幅広く議論する必要が出てきていると思います。特に、チャットGPTのような生成AIについての規制の在り方については、現在、全く国際的にも手つかずです。あるいは手探りです。
例えば、憲法九条は改正した方がいいんですかということをチャットGPTに聞いたときに、どうチャットGPTが答えるのかというのは結構重要なんですよ。その答えは、正確性、公平性をどのように担保するのかということもやはり考えなきゃいけないと思うんですね。また、AIに学習させる情報や主張によっても回答は変わってくるので、人間のみならず、階先生がおっしゃった、AI自身もバランスの取れた情報について学習する環境整備が必要なのではないのかなというふうに思います。
その意味で、私たちが適切に憲法十九条に規定する思想、良心の自由を形成できるように、チャットGPTのような生成AIも含めた幅広い規制の在り方を議論することを提案したいと思います。
以上です。