北神圭朗の発言 (憲法審査会)

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○北神委員 有志の会の北神圭朗です。
 今日も憲法九条の話をせざるを得ないというふうに思いますが、私も、今、玉木委員の話にあった問題意識を一部共有をしています。
 ただ、二つだけ、ちょっと私の考えを申し上げたいと思いますけれども、一つ、チャットGPTというのは余り当てにする必要はないと思います。北神圭朗と書き込んだら推理小説家とか、英語で書いたらプロ野球選手になっているそうでありますので。
 あともう一つは、今、真面目な話、自衛権の範囲について。自民党さんとかは今の解釈でいく、新三要件でいくと。玉木委員は、それについて、本当にそれでいいのか、範囲の設定というものも、法律とか、あるいは場合によっては憲法で定めるべきだという話なんですが。私は、もう一つ違う視点で、そもそも自衛権というのは狭める必要があるのか、もっと正確に言うと、自衛権というのは法律とか憲法で狭めるものなのかということを、国際比較をしながら申し上げたいというふうに思います。
 この自衛権の範囲については、これに関連すれば、自衛隊というのは軍隊なのかどうかということについて、政府から、平成二十七年に、今井雅人衆議院議員の質問主意書に対する答弁があります。これはちょっと難しいのでゆっくり読みますけれども、これは政府の答弁ですね。「自衛隊は、憲法上自衛のための必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものであると考えているが、我が国を防衛することを主たる任務とし憲法第九条の下で許容される「武力の行使」の要件に該当する場合の自衛の措置としての「武力の行使」を行う組織であることから、国際法上、一般的には、軍隊として取り扱われるものと考えられる。」という答弁です。
 先週、憲法とは国民にとって分かりやすいものであるべきだという、誰しもうなずく発言がありましたが、今の説明は分かりやすいでしょうか。軍隊かどうかということすら普通に答えられないのが、今の憲法第九条です。自衛隊を憲法に明記すれば、この答弁は変わるのでしょうか。
 実際、自衛隊と諸外国の軍隊の権限の在り方を比較してみたいと思います。
 軍隊の権限を縛るのは、世界的には、前回私が申し上げた均衡性、必要性の基準を前提に、国際法の武力紛争法や国際人道法等の国際法だけです。これら以外は何でもできるというのがネガリスト方式というものでありまして、これが採用されているのが普通の国です。
 一方、我が国の防衛法制はポジティブリスト方式で、武力行使を原則禁止としつつ、できることを限定的に定められているものであります。この違いは、自衛隊が警察の性格を備えているところから生じているんだと私は思っています。
 本来、警察と軍隊の目的というのは全然違います。前者は、国内の治安維持や犯罪の防止などが任務です。そのために、国民に対して命令し、必要に応じて実力を行使します。したがって、警察法というのは、国民を対象として行使される警察権を縛るものであり、その権利義務に直接関係するため、国内法で厳格な縛りをかけることが求められます。規定方式としては、ポジティブリスト方式になります。
 一方、世界の軍隊は、外国からの武力行使等から国民国家を守るために実力を行使するのが任務です。その実力の対象は、基本的には脅威となる外国であります。したがって、軍隊は、主権国家の絶対性、平等性を確保するための国際法を守ることが当然義務づけられます。
 また、国際社会というのは、利益も、価値観も、文化、文明も異なる主権国家がしのぎを削る世界でありますから、断然、国内の治安維持に比べて流動的で、不確定で、予測不能であり、極めて柔軟な対応が求められます。こうしたことから、軍隊は、国際法で禁止されている行為以外は何でもできるというのが当たり前となっています。
 もちろん、国際法に加えて、軍隊用の交戦規則、いわゆるROEを策定している国も多く存在します。これは、国家の政策目標に軍事力の使用を合わせるために、戦闘を行うべき事態及びその方法の細部を定めるもので、公表されるものではありません、法律ではありません。最後は、これが守られているかどうかというのは、事後的に軍法会議で裁かれることになります。
 加えて、軍隊の最高指揮権は文民に限っていますし、国会の承認制度などで民主的な文民統制というのが図られているというのが普通の軍隊であります。
 要は、軍隊の任務を効果的に遂行する自由度を残しながら国際法や文民統制によって制約されるのが国際標準というか、民主国家における軍隊の普通の在り方であります。つまり、対内的な権限を行使する警察と対外的な権限を行使する軍隊は、その性格の違いから、制約の在り方もおのずと異なるわけであります。
 ところが、我が国の防衛法制は、軍隊と警察の概念が混在しているため、警察法的なポジティブリスト方式となっています。何が問題なのかとおっしゃる方もいるかもしれませんが、そのため、時として柔軟性が損なわれる面もあります。
 例えば、自衛隊は、防衛出動の命令が下されない限りは警察権しか行使できません。しかし、現代は、ハイブリッド戦に代表されるように、戦争に至らない灰色領域でのつばぜり合いというものがほとんどです。
 元空将の織田邦男氏によると、二〇一六年に東シナ海の領空で我が国の戦闘機が中国の戦闘機からミサイルの標的としてレーダー照射され、撃墜されかねない事態が起こりました。普通の軍隊であれば、逆に相手にレーダー照射をするのが通常の対応ですが、ひたすら日本の航空自衛隊は逃げるしかなかったと。なぜなら、防衛出動の命令がない平時においては、自衛隊というのは警察権しかないわけです。こういった場合にどういう行為が認められるのか定めた規定が存在しないわけであります。
 このようなことで、中国の忍び足侵略によって我々の領空主権が日々少しずつ侵されることを止められるのでしょうか。真剣に考える必要があります。
 戦前の軍隊の行動を反省して自衛隊をがんじがらめにするんだという考えもあるのでしょう。しかし、現在の国際法は戦前と違って武力行使も原則禁止とされていますし、我が国の文民統制は徹底されていると思います。民主主義はそれなりに機能しているというふうに思います。
 正規の軍隊を持つドイツ人やイタリア人ができることが、我々日本人にできないのでしょうか。我々の遺伝子あるいは政治文化に、軍隊を民主的に運用する能力が何か欠けているんでしょうか。己の手足を縛る余り、中国などに傍らに人がなきがごとくつけ込まれる日本の姿は、実に情けないという思いでいっぱいであります。
 そういう情けない思いを伝えて、私の意見表明といたします。
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発言情報

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発言者: 北神圭朗

speaker_id: 4662

日付: 2023-04-20

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会