新藤義孝の発言 (憲法審査会)
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○新藤委員 自由民主党の新藤義孝です。
四月より九条に関する討議を行ってまいりました。
今国会における審査会の討議は、幾つかの論点について委員から問題提起があり、これに対する見解がきちんと準備された形で各会派の委員より示され、建設的かつ実体的な議論が積み重ねられています。
議論がかみ合い、内容が審査会の毎週の討議において深められているという状況は誠に喜ばしく、国民の皆様に憲法改正の必要性や様々な論点を明らかにできるよう、今後も努力してまいりたいと思います。
本日は、九条改正につきまして、これまでの積み重ねで明らかとなってきた意見の方向性や相違点を、私なりの観点から整理をしたいと思っております。
まず、配付資料の1、現行の九条解釈の基本姿勢を御覧ください。
憲法九条は、一項で戦争放棄、二項で戦力不保持と交戦権否認を定め、日本国憲法の三大原理である平和主義の理念を宣言したものであります。
この平和主義の理念においても、我が国が主権国として持つ固有の自衛権は否定されておらず、自衛のための必要最小限度の実力を行使することは認められています。また、その担い手である自衛隊が九条二項によって禁止される戦力に当たらないことについても、長年にわたる国会審議を通じ、確立しているところであります。
このような現行の九条解釈については、1の(1)にあるように、現行解釈を維持するべきか否かという論点があり、(a)、今後ともこれを維持すべきとする意見と、(b)、九条二項を削除したり解釈変更するなどして、他国と同様に戦力としての軍隊を保持できるように変更すべきとの意見が出されております。
私は、九条一項の侵略戦争放棄のみならず、二項の戦力不保持までも定める我が国独自の平和主義については、二度と不幸な戦争を行わないという誓いは国家運営の礎である、そして、戦後七十七年が経過してもなお戦争による深い悲しみと傷は決して癒えることなく私たちの心の中に刻まれていること、これを重く受け止めて、平和主義の取扱いについては慎重な議論が必要と考えております。
多くの意見は、現行の九条の必要最小限度、専守防衛といった解釈は維持すべきとの意見だったと考えますが、引き続き議論を続けてまいりたいと思います。
これと関連して、今述べました九条解釈について、1の(2)として、憲法に明文化することの是非についての意見も出されています。
この論点については、(a)、長年積み重ねられてきたものであり、これまでどおり解釈に委ねるのが適当とする意見と、(b)、曖昧な解釈に委ねることなく、明文で規定すべきとする意見がありました。
仮に、現行の必要最小限度や専守防衛の解釈を明文で規定したとしても、結局は、我が国に対する脅威の内容や程度によって相対的に判断しなければならず、その時点での解釈に委ねられることなどを理由に、多くの意見は、これまでどおり解釈に委ねるのが適当ではないかということだったと思いますが、この点につきましても、引き続き議論をさせていただきたいと思います。
次に、配付資料の2、国防規定・自衛隊明記を御覧ください。
まず、(1)として、憲法に明記することの要否に関する論点があります。
これについては、(a)、国家の根幹である国防規定や、その担い手である自衛隊に関する規定は、基本法である憲法に位置づけることが必要との意見が出されております。他方、(b)、現状の自衛隊は合憲であり、その役割と必要性については国民に十分に理解されており、わざわざ憲法に明記する必要はない、憲法改正は不要だとの意見もありました。
九条は、日本国憲法で唯一の安全保障に関する規定です。しかし、それは平和主義の原理と自衛権行使の在り方に関する規定であって、現行九条には、安全保障の根幹である、誰がどのように国を守るかという国防規定が欠落をしております。私とすれば、国防規定と、それを担う実力組織である自衛隊を憲法に明記し、憲法を頂点とする法体系を完成させることは、国の根幹を整えることであり、多くの委員の賛同を得られるのではないかと考えております。
次に、2の(2)として、この国防規定と、その担い手である自衛隊を憲法に明記する理由、いわゆる立法事実については、(b)にある、自衛隊違憲論を解消するためという意見もありましたが、(a)にある、私が一貫して説明しております、日本国憲法制定以来の欠落部分である国防規定と、その担い手である自衛隊を憲法に明記し、憲法を頂点とする我が国の法体系を完成させるということが、立法事実としてふさわしいのではと考えております。
自民党たたき台素案の資料にある自衛隊違憲論の解消という説明は、その思いと効果を国民に分かりやすく伝えるためのものであることを申し上げておきます。
この点も、基本的な論点であり、引き続きしっかりと議論を深めてまいりたいと思います。
次に、3、シビリアンコントロール規定の要否といった論点があります。
一つは、内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする政府部内による統制、もう一つは、国会承認や国会報告といった、国会による民主的統制に関する規定を憲法に明記することの要否に関する論点です。
まず、シビリアンコントロール規定の必要性については、共通理解が得られており、不要とする意見はなかったと思います。そもそも、軍隊や実力組織に対するシビリアンコントロール規定は、各国憲法でも一般的に定められている当然の規定だと思います。
最後に、今後、より深掘りをした議論をする際の論点となる、4、その他の条文表現・構成について、これまで出されている意見を申し上げます。
まず、(1)として、現行の九条との関係を整理する文言、すなわち、冒頭で述べた、現行の九条解釈を維持することをどのように表現するかといった論点があります。
一つは、(a)、私たちのたたき台素案のように「必要な自衛の措置をとることを妨げず、」と表記し、第九条一項、二項の解釈を確認する規定とする意見がございます。これに対して、「妨げず、」は、例外規定を表す場合もあり、適当ではないのではとの御指摘もいただいております。他方、この「妨げず、」と同じ趣旨を、(b)のように、九条の範囲内という表現で示す意見もあります。
これらの規定ぶりにつきましても、更に議論を詰めてまいりたいと思います。
次に、4の(2)として、この国防規定、自衛隊明記を憲法のどこに規定するかといった、条文の置き場所に関する論点があります。
私たちとすれば、(a)、九条の二として第二章「戦争の放棄」の章に規定するのが自然ではないかと考えております。すなわち、国防規定と、それを担う実力組織である自衛隊という国家の根幹的な規定と、その実力行使の限界を定める現行九条の平和主義の規定、そしてその活動に対するシビリアンコントロール規定は密接不可分であり、同一の章に規定してはどうかと考えるからであります。これに対して、(b)のように、専らシビリアンコントロール規定に着目して、第五章「内閣」の章に定めることも考えられるのではとの意見もいただいております。
これらの点につきましては、今後の討議の中で更に議論を詰めてまいりたいと思います。
今朝の幹事会におきましては、次の定例日である五月の十一日にも審査会を開催し、討議を継続することを提案いたしました。今後も、憲法審査会が安定的に開催され、充実かつ深い議論が行われるよう、委員各位の御理解と御協力をお願いいたしまして、私の発言といたします。