北神圭朗の発言 (憲法審査会)

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○北神委員 有志の会の北神圭朗です。
 先ほどの法制局長の説明のとおり、議員任期の延長制度については、賛成の会派の間では細かい違いが残っているだけで、いつでも条文化の作業に入れるというふうに思います。他方、反対の会派においては、まだまだ不信感が示されています。この不信感とは一体何か。
 まず一つは、実際に選挙困難事態の長期化の確率は低く、過去にもそのような事例はなく、今後も事前に想定し難い、これは中川幹事の発言なんですが、こういう考えです。
 これについては、非常時を想定外の事態として備えを行わないことこそ問題だというふうに思います。発言が何度もありましたけれども、東日本大震災のときには選挙を最大八か月実施することが難しかったということもあり、立法事実は十分あるというふうに考えます。また、今後についても、地震学者が直下型地震のこととか南海トラフのこととか、それなりの科学的見地からも言われているわけですので、そんなことはないということはちょっと違うんじゃないかというふうに思います。
 なお、終戦後四か月で衆議院を解散して、その後一か月で総選挙を実施しようとしたということを例に取って、敗戦の混乱状態でも選挙ができたじゃないかという指摘もあります。確かに、当時は直接的な戦争の被害に加えて、住宅難、大量失業など、特に食料難がひどく、一九四五年十一月には、餓死対策国民大会というものも開かれるような状況でした。
 しかし、このとき選挙を急いだのは、翼賛体制を早く解体して、当時の幣原政権がGHQによる公職追放や戦争責任等を逃れたかったということと、また、釈放された政治犯の選挙権、公民権が復活しないうちに選挙を実施したいという思惑がありました。
 実際には、GHQの指示により、解散の四か月後の一九四六年四月に実施されましたが、その前に公職追放により代議士の八三%が淘汰されています。こうした混乱の中で有権者名簿を急ぎ作成したため、全国で二十五万六千九百八十八名もの名簿漏れが発生したと言われています。
 つまり、占領下というかなり特異な状況の下で、政治的な思惑があり強引に行われた選挙であり、これを参考にすることは少々無理があると思います。
 もう一つの不信感は、不文の法理である国家緊急権を実定化し、憲法上の緊急事態条項を設けるということは、かえって権力による濫用の可能性を高めるというものです。
 しかし、この緊急事態条項に反対する皆さん自身、災害対策基本法など一連の緊急事態法制はよしとされていると思います。憲法は駄目だけれども法律では国家緊急権の実定化を自ら認めていると理解すべきでしょう。
 法律では緊急権を実定化してもいいけれども、憲法という、国会の総議員の三分の二以上の発議があり、加えて、国民投票によって選択される憲法での実定化は駄目だということに関する議論は学者さんにお任せします。
 ここでは、皆さんは、緊急事態法制が用意している緊急集会について、平時の七十日を超える事情が生じた場合、内閣が緊急権を発動して延長できるんだという主張になろうかと理解できます。私は、これはこれで、実は、危機管理の一つの考え方としてありだとは思っています。ただ、その場合、次の論点をはっきりさせなければいけません。
 一つは、七十日を超えるといっても、具体的にどこまで引き延ばせるのか。緊急時が終わるまでということであれば、平時に戻す判断は内閣にお任せするのかということです。
 二つ目は、緊急集会で認められないとされている権能、例えば本予算の議決や総理大臣の指名について、緊急時が長引く中で必要となった場合、どうするのか。これも緊急権によって権能の範囲拡大を認めるのか。認めるとするならば、どこまで認めるのか。
 三つ目には、通常、憲法学の考え、あるいは各国の憲法からすれば、超法規的に緊急権が発動された場合には、国会の事後承認が望ましいとされていますが、お考えはどうなのか。望ましいのであれば、国会の承認を憲法に規定する必要はないのか。
 四つ目には、七十日間ルールも緊急権で延長できるのであれば、国会議員の任期も緊急権で延長できるのか。できないということだったら、一方が許され、他方が許されない理屈は何なのか。できるのであれば、緊急集会との関係はどうするのか。これも内閣の判断にお任せするのか。
 少なくとも、以上の四つぐらいの論点がはっきりしなければ、緊急集会で対応する案の全体像が見えてこない。その上で、両案を比較考量して、超法規的措置をあらかじめ想定すること、しかも、その判断を全て内閣に一任することが本当に望ましいのかという検討をすればよいというふうに思います。
 三つ目の不信感は、議員任期の延長は、国民の選挙権を制限し、正統性の根拠が乏しくなる。内閣に選挙困難の認定を委ねると、結局、国会議員を固定化して、内閣の独裁を生むおそれがある。また、その事例として、一九四一年に衆議院議員の任期が一年間延長されたというものです。
 確かに、議員任期の延長は例外措置であり、国民の選挙権が一時的に制限されることは事実です。しかし、その発動は、内閣単独で決めるのではなく、我々の案によればですね、国会の三分の二以上の事前承認が求められ、また、事後的に司法の関与もあります。しかも、これは、国会議員の発議と国民投票がなされた上で憲法にその手続が明記されることになります。こうしたことにより、異常時における民主的正統性は担保されると私は考えています。
 実際、諸外国の憲法でも、フランス、エストニア、スロベニア、スロバキア、ハンガリー、ポルトガル、ナチズムを経験したドイツ、ファシズムを経験したイタリア、独裁制を経験したスペインにおいても、議員の任期延長又は国会の解散禁止、あるいはその両方を憲法に規定しています。これらの国は民主的正統性を軽視していることになるのでしょうか。
 他方で、緊急集会で対応する案は、国会の議決も国民投票も経ず、憲法に規定もなく、それこそ内閣単独の判断で緊急時が事実上宣言され、不文の法理である緊急権によって憲法の規定も棚上げすることにより、緊急集会が七十日を超えることで二院制も軽視し、国会の承認は事前にも事後にもなく、平時に戻る判断も恐らく内閣に委ねられます。どっちの考えが民主的正統性を欠くのか。答えは火を見るよりも明らかだと思います。
 なお、一九四一年の任期延長は、全議席の八割以上を占めるという翼賛体制が既にでき上がっていた中で、法律で任期延長を決めたものであり、我々の案とは大分前提条件が異なるので、簡単に比較ができないというふうに思います。
 最後に、この問題を考える上で、改めて、やはり危機管理ということはどういうことなのかということを、私の考えを申し上げたいと思います。
 東日本大震災が発生した当時、想定外という言葉が至る所で広まったことが記憶にあります。この想定外という用語の意味としては、一つは、そのようなリスクを予想できなかったという意味と、二つ目には、予想はしていたけれども備えるべき問題とは認識しなかったという二種類の意味があるかと思います。
 前者の場合、そもそも対策を講じることはできないでしょうが、後者の、リスクが予想されたにもかかわらず対策を実施すべき問題とは認識しなかったという場合は、結局のところ、対策を実施しないと決定したことであり、その決定の責任は重たいというふうに考えます。
 危機管理というのは想定外の事態を一つ一つ潰していく作業であり、備えに伴うコスト、これは当然あります。備えた結果、得ることができるメリットとの比較考量が求められるというふうに思います。
 東日本大震災のときには、最大八か月選挙を実施することが難しかったという立法事実がある中、選挙困難事態が発生した際に想定外と言い逃れできないためにも、本件に結論を出して、早急に条文案の作成に入るべきであるというふうに考えます。
 なお、先ほども玉木委員それから三木委員からも話がありましたが、議員任期延長以外の国会機能維持対策における内閣不信任決議案の議決禁止に関しては、配付されている論点一覧表にあるとおり、これまでは解散の禁止とのバランス上必要であると私も述べてきましたが、その後、更に検討を深めて、緊急時に適切に機能しない内閣が出現した場合にはこれを替える必要があるということで、内閣不信任決議の禁止は不必要であるという結論に至ったことを申し上げまして、私の発言を終わります。

発言情報

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発言者: 北神圭朗

speaker_id: 4662

日付: 2023-06-15

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会