大土雅宏の発言 (財務金融委員会)

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○大土雅宏君 ありがとうございます。
 一番、震災から自分が感じているのは、十二年で被災地が年を取ったなと。自分も、災害支援を始めたときは三十歳だったんですね。今年で四十二、四十三歳になるというので、宮城の支援に入っていた島にこの間久しぶりに行って、コロナ明けで行ってきたんですけれども、宮城の塩竈の桂島という島で、約二百人くらいしかいない離島だったんですけれども、そこにコロナ明けで行ってみたら、半分に減っていました、人口が。二十代、三十代、四十代の方々がほぼ島外に出ていました。
 なので、これは多分、宮城だけじゃなく被災地全体にというので、もちろん、子供たちも生まれ、自分たちの被災地、災害を知らない子供たちも大分増えたとは思うんですけれども、自分たちもいつまでも若くないんだと。
 なので、あのとき頑張っていた四十代、五十代の方々も大分年を取っていたので、そんなので、被災地の復興、自分たちの場合だと、夏祭りとかも、若手がいないというのでサポートで入っていたんですけれども、その実行委員会で一番の若手の方で、この間、六十四歳でした。実行委員の長になっているのが七十六歳でした。
 そんなので、復興の予算も、そうやって、元気になる、お祭りだったりとか花火大会だったり、帰る理由だったりというところが、今回、今年から夏祭りの実行委員会が解散してしまうというふうな話だったので、外部で来年からは実行委員会として立ち上げて、そのじいちゃん、ばあちゃんたちのサポートをしつつ、若手の人たちが戻ってこられる環境をちょっとつくっていこうかなというので、その島では、そういう外部の、何というんですかね、てこ入れというか、気力づくりですかね、そんなのをやれればいいなと思っています。
 やはり、十二年という月日は、そこのところの、老いというところも大分、実際あるなというのもありますし、福島から避難していった人たちも、子供たちの成長があるので帰ってこれないという方たちもたくさんいるので、その月日の経過としてというのも、やはり復興支援の中に頭に入れておかないと取り残されてしまいがちだなというところは自分は感じているので、そんなことを外部で何か協力できることが、ちょっとずつみんなで協力してやれれば一番かなと思っております。

発言情報

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発言者: 大土雅宏

speaker_id: 23711

日付: 2023-06-21

院: 衆議院

会議名: 財務金融委員会