緑川貴士の発言 (農林水産委員会)
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○緑川委員 今の日本の農業生産の大豆の作付の立ち位置、位置づけというものを俯瞰して、島国である日本として、モンスーンのアジアの中に置かれる日本としてふさわしい作付となっていくかどうかは、やはり米と併せてしっかりと見ていかなければならないというふうに思いますし、畑地化する場合には、前後の期間の重点的な支援というものが、ゲタ対策をおっしゃっていただいたり、今の政府予算、重点的に支援をしているところがありますが、これがいつまで続くのか、これが長続きするという保証はありませんし、やはり田んぼは水をためる場所であります。畑は水はけが一方で大切になるわけですから、畑作に向く水はけのいいところは、その土地の特性を存分に生かしていただくことがベストですけれども、そうでないところは、やはりどんなに湿害対策を施しても費用対効果が著しく低くなってしまう、予算が正直、無駄なお金になってしまいかねないというふうに思います。
所得の安定のために、やはり本来の水田利用を前提に農業を考えるということが私は必要だというふうに思っています。
大豆の国産化を進めて、国内シェアを取り戻す、取り組みやすい大豆生産を行っていくということをちょっと一つ提案をしたいと思いますし、片や、米については、戦争や気候変動で、今、一方で、米も世界的に値上がりをしています。米を食べるアジア、中南米、アフリカの国々、三十五億人とも言われている食生活に今後やはり影響が広がっていくおそれがあるような米不足が今一部で起きています。こういう状況を考えれば、米を減らして大豆を増やすという従来的な考えではなくて、水田本来のよさを生かしながら、米も大豆も作るという観点は私は持っておくべきだというふうに思います。
昭和の時代まで、畑作の大豆だけでなく、あぜ豆といって、田んぼのあぜに大豆が栽培されていたそうです。田植の前に、田んぼの土をあぜの内側、圃場の内側に、幅三十センチほどに盛って、田んぼの土を載っける。それをくわを使って左官屋さんの仕事のようにきれいに壁塗りのようにして仕上げる。それで大豆を植えるということです。こういう新しい土が水田から供給されることで、稲、大豆が互いに必要になるような養分のバランスが保たれて、生態系の安定にもつながっていたというふうに言われますし、このために、あぜ豆の場合には、畑作大豆のような連作障害が起きない。豆の粒、そして重さも畑作よりも勝っている。その収穫の作業は、稲刈りに合わせて行うので労力もかからないというふうに言われています。
海外からの大豆の輸入が増えていったことで、あぜ豆というのは衰退してしまって、ほとんど作られなくなりましたが、一九五〇年代、当時の日本の大豆生産量の三割から五割近くを占めていたという文献もあります。
あぜ豆の場合に、十アールの水田のあぜから六十キロの大豆が取れたということです。北海道の単収が二百三十余り、そして全国平均が百六十ですから、十アール当たりの水田のあぜから六十キロの大豆が取れるというのは、やはり結構な量だというふうに思います。特筆すべき数字であるというふうに思います。今の畑で作る大豆に加えて、あぜ豆もプラスすれば、二百二十キロの単収。これは北海道の単収に近づくことになる。やはり、あぜ豆というものもしっかり並行して進めていくことが大事だと思います。
農地を最大限に活用する手段として、やはり昔の農業の知恵に学ぶべきところがあるんじゃないかというふうに思いますが、政府の御見解はいかがでしょう。