米山隆一の発言 (本会議)
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○米山隆一君 立憲民主党・無所属会派を代表して、ただいま議題となりました出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する法律案及びその修正案に対して、反対の立場で討論をいたします。(拍手)
まずもって、二〇二一年三月六日、名古屋入管に収容中のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなられたほか、幾人もの外国人の方々が、収容中に過度に自由を奪われ、健康を損ない、そして命をなくしたことに心より哀悼の意を表させていただきます。
私たちは、二度とこのような事件を起こしてはいけません。異国で身柄を拘束され、病に伏し、治療を求めて幾ら頼んでも取り合ってもらえず命を落とす、そんな絶望を味わう人を二度とこの日本で生んではいけません。そして、そのために、私たちは、外国人、難民の方々の人権が守られる公正中立な入管行政を担保する法制度をつくらなければいけません。
しかし、今般提出された法案は、この点において全く不十分なものだと言わざるを得ません。
新たに収容に代わる監理措置が導入されたことは一歩前進ではありますが、その適用は、出入国管理庁の広範な行政裁量に委ねられています。また、監理措置を行う監理人は、時に三百万円もの保証金を払わねばならず、義務に違反した場合には十万円以下の過料を科せられます。多くの外国人、難民の方々にとって、このような重い義務を引き受けてくれる人を探すことは極めて困難でしょう。これでは、結局のところ、多くの人は収容され、全件収容主義とやゆされる現実は実質的に変わりません。そして、一度収容されれば、三か月に一度の見直しがあるとはいえ、永遠の収容を禁止する規定はありません。
収容期間中の仮放免について、請求の理由が健康上の理由である場合には、医師の意見を聞くなどして、収容されている者の治療の必要性その他その者の健康状態に十分配慮して仮放免に係る判断をするよう努めなければならないとされたこともまた一歩前進ではありますが、あくまで努力義務であり、再びウィシュマ・サンダマリさんの悲劇が起こらない保証はどこにもないのです。
難民認定についても、この法案は大きな問題を抱えています。
二回難民認定申請をして認められなかった人、そして第六十一条の二の九第四項二号に該当する人は、難民認定申請中でも直ちに送還される危険があります。もちろん、時に強制送還がやむを得ない方がおられることは否定しません。しかし、現実に母国で迫害を受けるおそれがある人にとって、その国に強制送還されることは、最悪の場合、死刑執行と等しい意味を持ちます。
難民認定は、実質的な審査の機会を十分に確保し、慎重の上にも慎重を期し、公正中立に行われなければいけません。また、その基準は、自由主義社会の維持に責任を持つ国家として、世界の先進国と同じ水準でなければいけません。
しかし、この法案では、そのいずれも満たされません。母国から命からがら逃げてきて、二度の申請時には十分な証拠が集まらず、三度目の申請の証拠の提出が間に合わなかったというただそれだけの理由で、強制送還されてしまうかもしれません。条文上、労働組合のビラを配っただけで、テロ犯と認めるに足りる相当の理由がある者として法務大臣が認定すると疑うに足りる相当な理由があるという極めて漠然とした不可解な要件で、一度も難民認定審査を受けることがなく、拷問や死刑が待ち受けている国に強制送還されてしまうかもしれません。そして、その審査は常に出入国行政を行う出入国管理庁によって行われ、我々立憲民主党が再三求めてきた第三者機関による公正中立な審査を受けることはできません。
そもそも、現在の日本の難民認定はその基準が厳し過ぎ、二〇二一年の難民認定数は七十四人、認定率は〇・七%で、ドイツの三万九千人、二五%、カナダの三万四千人、六二%に遠く及ばず、全く国際的標準に達していません。これでは、我が国は自由主義社会の一員として当然果たすべき義務を果たしているとは言えません。そして、今般の改正案でそれを補うはずの補完的保護要件も定義が不明確で、本当に救うべき人を救えるのか明らかではありません。
何より大きな問題は、在留資格のない子供たちです。
今、日本には、日本で生まれ育ち、母国と言える国が日本しかないのに、在留資格を持たない子供たちが二百一人います。
しかし、この法案では、その子供たちとその家族に特別在留許可を与える仕組みが明確ではありません。このままでは、日本は、日本を母国として育ち、日本を母国として思ってくれる子供たちの未来を摘み、見捨てる国になってしまいます。私は、それは日本の進むべき道ではないと思います。
これらに対して杞憂だとおっしゃられる方もいるかもしれません。しかし、今まで述べてきたこの法案に対する幾つもの懸念は、決して私を含む一部の人だけのものではありません。二〇二一年三月三十一日付の国連人権理事会の特別報告者らの日本政府に対する書簡で、同年四月九日の国連難民高等弁務官事務所の見解で、本年四月十八日の国連人権理事会の特別報告者らの日本政府に対する書簡で、再三指摘されていることなのです。
このように言うと、日本は日本だ、我々のやり方でやればいいと思われる方もおられるかもしれません。
しかし、今や日本人が海外に働きに行く時代です。私たちだって、私たちの子供たちだって、いつ何どき、海外に働きに行って、在留資格を失い、何らかの事情で帰れなくなることがあるかもしれません。そのとき、人権をないがしろにされ人間として遇されなかったら、私たちの子供たちが異国の入管施設で病に倒れ命を失ったら、どんな気持ちになるでしょうか。逆に、そのとき、人権を尊重され人間として遇されたら、どれほどうれしいでしょうか。
それどころではありません。今、私たちは熱心に安全保障に取り組んでいます。しかし、戦争があるということは、私たちが負けることだってあるということです。戦争に敗れ、圧制がしかれた日本から命からがら逃げ出し、たどり着いた異国で、迫害と死が待つ国に追い返されたら、私たちはどんな気持ちになるでしょう。逆に、そのとき、庇護すべき人たちとして温かく受け入れてもらえたら、どれほど救われるでしょうか。
日本が迫害に苦しむ世界中の人々にとって最も頼れる国の一つになることは、決して、外国人、難民の人たちのためだけではありません。それは、世界中の自由と人権と民主主義を守るとりでとなり、きっと私たち自身を救うことになります。そして、それこそが、自由主義社会のリーダーとして、誇りある日本の進むべき道だと私は思います。
だから、私は、今ここに、この議場にいる皆さんに訴えさせていただきたい。今、賛成を予定している全ての方々に伏してお願いしたい。外国人、難民の方々の人権と命と子供たちの未来を守るために、そして、日本が世界の全ての人々の人権を守る自由主義国家のリーダーとしての誇り高い道を歩むために、未来の私たちや私たちの子供たちをあらゆる迫害から守るために、この法案に反対して廃案にしてほしい。
そして、共に知恵を出し、制度設計を根幹からやり直して、公正な判断をする第三者機関をつくり、条文の穴を埋め、基準を明確化し、迫害に苦しむ全ての人に公正で明確で十分な審査が制度的に保障され、必要な保護が与えられる法律を作ろうじゃないですか。外国人、難民の子供たちと私たちの子供たちが同じ未来を信じることができる日本を、世界をつくろうじゃないですか。
最後に、祈るような気持ちで今この採決を見守っている難民、外国人、そして日本人の方々に申し上げます。
アメリカ合衆国三十五代大統領ジョン・F・ケネディの言葉があります。
「イフ ア フリー ソサエティー キャント ヘルプ ザ メニー フー アー プア イット キャント セーブ ザ フュー フー アー リッチ」。
もし自由主義社会が多くの貧しい人に手を差し伸べることができないなら、僅かな富める人を救うこともできない。
私は同じだと思います。
イフ ジャパン キャント ヘルプ ユー レフュジーズ イット キャント セーブ アス ジャパニーズ。 ソー イット ハス トゥー イット シュアリー ハス トゥー ヘルプ ユー トゥー セーブ アス。 ウィー シャル メイク イット。
私たちが難民の方々に手を差し伸べられなければ、日本人も救えません。私たちは、私たちを救うためにこそ、皆さんに手を差し伸べなければいけません。私たちは、そんな日本をきっとつくります。
ありがとうございます。(拍手)