青山繁晴の発言 (経済産業委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○青山繁晴君 ありがとうございます。皆様、おはようございます。ちょっと声がかれていて、お聞き苦しくて申し訳ございません。コロナではありません。
まず、今回もいつもと同様に、党利党略のためでなく、国民、国益のためにこそ質問いたしたいと思います。
山中委員長におかれましては、昨日の参議院本会議に続きましてお出ましをいただき、お疲れさまでございます。
それから、今日もたくさんの傍聴の方、主権者の方がお見えでいらっしゃいます。敬意を込めて、感謝申し上げたいと思います。
今日は、不肖私の質問は五十五分間いただいていまして、夢か幻かと思うほど時間がたっぷりありまして、というのはちょっと大げさなんですけれども、ふだんよりちょっとじっくりお問いかけをいたしたい、議論をいたしたいと思っています。そのために、ふだん申し上げないことを二点前提として申し上げたいと思います。
今日は、前半はまず原子力規制の在り方についてお尋ねするんですけれども、その際に、質問者であります私の条件というのは、まず、どちら側に立ってもいけないということであると考えます。
原子力規制委員会は独立性の高いいわゆる三条委員会でありますけれども、それでも政府の一部でありますから、政権党だからといって政府に偏り過ぎてもいけない。同時に、民間事業者の原子力発電者の側に寄り過ぎてもいけないということがありますので、七年前から私は議員を務めておりますが、当時から決心しまして、献金一円も受け取らない、パーティーを一切開かない、パーティー券売らない、団体支持は、統一教会のみならず、いかなる団体であっても全てお断り、後援会もつくりません、後援会長も置きません、地元もつくらない、ついでに言えば、党内の派閥にも属さないという立場で、今日は公平を期して質問いたしたいと思っています。それがまず第一点です。
それからもう一点目は、私の専門分野はささやかなりに幾つかあるんですけれども、そのうちの一つが原子力や海洋資源、海洋の自前資源を含めたエネルギーであります。したがいまして、振り返れば、四半世紀ちょい超えぐらいこのエネルギーにも関わってきました。
その中で、皆様御承知のとおり、十二年前に福島原子力災害という大変な事態が起きました。そこで私が目撃したのは、当時の原子力安全・保安院、今ここに関係者いらっしゃいませんので、余り当時のことについて厳しいことを言い過ぎるのは人としてのモラルではないと思いますから、そこは考え考え申したいんですけれど、目を覆うような有様でありました。
それを語る前にもう一点だけ付け加えて申しておきますと、あの事故の現場、事故が進行している最中に専門家の端くれとして中に入ったのは不肖私一人ということになりました。当時、御健在でいらっしゃいました吉田昌郎所長が、私が当時の内閣の原子力委員会ですね、原子力委員会の防護専門部会の委員だったために、その議事録をよくお読みでいらして、私が入ることを許していただきましたので、結果的にあの現場はもう残っていませんので、今廃炉の過程ですから。
一体あの事故が本当は何だったのかということを目の当たりにしたというのは、一月にIAEA、ウィーンの国際原子力機関を訪ねましてグロッシー事務局長とじっくり小一時間話してきましたけれども、そのときもグロッシーさんから一番聞かれたのは、当時の福島の状況と今のザポリージャのひどい状況と、あるいはその前にロシア軍が入ったチェルノービリ原発の共通点について、あなたの知るところを教えてくださいというお問合せもいただきました。
今日はそういうことを踏まえてお話しするんですけれども、さっきちらっと言いました原子力安全・保安院がいかに当事者能力がなかったかといえば、ここに福島出身の議員の方もいらっしゃいますけれど、とても原発立地県の方々にお見せできるような状態ではないというか、まず、今の原子力規制委員会というのは実はアメリカのNRCの直訳に近いものですよね。アメリカにはニュークリア・レギュラトリー・コミッティー、NRCというものがありまして、こことも僕は付き合い始めて二十五年たつわけですけれども、それの事実上直訳なんですよね。最後のCをオーソリティーのAにしてNRAと言っているだけであって。
そのときは、アメリカはスリーマイル島の事故は経験していましたので、全然事故の態様、規模は違いますけれど、スリーマイルの経験があるので、NRCの方々、全部は公開してなかったと思うんですけれど、お忍びも含めて関係者がかなり福島にも東京にもおいでになって調べて歩いたときに、私に最初に連絡があったのは、衝撃の一言で、英語が通じないと。英語が通じないというのは、例えば福島の地元の人に通じないという意味ではもちろんなくて、当時の原子力安全・保安院と英語で話ができないと。
僕はびっくりしまして、ふだんから書類のやり取りしているじゃないですかと、メールのやり取りもしていますよねと聞いたら、いや、そういえば、いつも紙読んでいるよねと、いつも目落として紙読んで、こっちの目見ることもないんだよと。だから、面と向かって今福島は一体どうなっているのかということを問いただしても、まず中に入ってない、テレビ会議やっているだけで中に入ったかのように言っているけれども、よく聞いたら全然入ってないと。それでどうして事故の実態分かるのかと聞いたら、その後余計に英語が通じなくなると。官僚主義もここに極まれりということを正直実感いたしました。
当時、私は民間の専門家でありまして、まさかそのときには国会議員になるとも夢にも思っていませんでした、選挙に出るのが絶対嫌でしたから。これは余計な話です。要は、自分を売り込もうとしないで今お話ししています。
そのときに、どこまで、まだ全部を言っていいのかどうか分かりませんけど、一番実は動いたのは、日本の政府機関でいうと自衛官と警察官だったんですよね。一番最初に入ったのは自衛官でありまして、それも事情がよく分からないので、一番密閉性の高い装備といえば戦車なので、戦車に乗って自衛隊を中に入れることを検討して、サッカー練習場を前線基地にしていましたよね、もうみんな忘れて、忘れかけていますけど。行きましたら、そこに戦車が四台並んでいて、もう何とも異様な光景でしたが、実はもう現場はパイプその他が、ケーブルも含めて散乱していて、そこにあの重量級の戦車があると何が起きるか分からないというので結局待機しただけに終わったわけですけど。
これ、話がそれているんじゃなくて、この冷やせない、どうしたら一体冷やせるのかというのを最初に考えたのは、名前はさすがにまだ言っちゃいけないと思いますけれど、警察庁の関係者とそれから不肖私の、実はこんなこと言って余計なことですけれども、二人で考えました、外付けで水を回すしかないんじゃないかと。上から水を入れたり、あるいは自衛隊がヘリから水を投げ入れるようにしたというのは御存じだと思います。ほとんど効果なかったんです、実は。それを言うと当時はもっと大変な混乱になるから言わなかっただけであって、実際はラッキーにも助けられて、壊れるはずのない壁が壊れて水がちゃんと入ったというようなこともありました。
そのときに、既に、これ、もう一回言いますが、話がそれたわけじゃないというのは、原子力安全・保安院はもう駄目だなと、だから独立性の高いものをつくらなきゃいけないと。山中先生は、山中委員長は、そのときはまだ大阪大学でいらしたと思いますけれども、原子力安全工学の長い専門家でいらっしゃいます、それはよく存じ上げていますけれども。独立性の高い機関をつくるには、日本にはちゃんと法律があって、いわゆる三条委員会をつくることができるので、自由民主党の中に抵抗があっても、あるいは既得権益の中に、電力会社の側に抵抗感強くても、三条委員会をつくるしかないというふうに、当時のNRC幹部とも既に話したわけです。
今年一月に、私は海外出張は基本的に自費、自主なので、今年の一月もそのようにして、さっき言いましたウィーンにも行きましたけれど、アメリカにも行きまして、NRCの今の幹部と日本の原子力規制の現状についても、こちらは内政干渉を受けるわけにいかないので、あくまで一つの自由な意見として聞いたんですけれども。
アメリカ側が一つ懸念しているのは、アメリカの誰がどう言ったということは絶対言いませんけれど、あのNRCというのは、アメリカのNRCですね、アメリカの核規制委員会、原子力規制委員会というのは、民間の資本もかなり入っているんですよね。そこは日本とは考え方の違うところで、官民を官尊民卑のように上下関係のようにせずに、言わば連帯してやれるのが民主主義国家だという考え方ですから、民間の資金が入っていることもあって、人事交流も多いですし、とにかく風通しがいいわけです。
で、あの当時のNRCが感じたこと、十二年前の、それと同じことをですね、山中委員長、ここから、もうさっきからずっと聞いてくださっていますけど、本当によく聞いていただきたいんですけど、合衆国のみならず世界の規制当局でやや懸念が非公式に語られるのは、風通しがまた悪いと。
それはどう悪いのかというと、前のように癒着をして、例えば、東京電力でなぜ事故が起きたかといえば、本当は、通産省、経産省に近過ぎるんですよね、そもそも歩いて三分ですし。それから、いろんな意味で、例えば、最近では関西電力は専ら悪者の引受役になっているけれども、それは関電にも大きな原因あるけど、新幹線で三時間、当時三時間の距離と歩いて三分の距離だと癒着の度合いが違うわけですよね。
当時、癒着で起きたミスコミュニケーションが、今は逆に独立性の、ちょっときつい言葉なんですけど、履き違えで、もうとにかく上意下達、そして官尊民卑の日本特有の現象が出て非常におかしなことが起きているという懸念を持っているけれども、おまえはどう思うかということをNRCの本部で随分聞かれました。
実は、今日の私の問題意識と共通するものは、残念ながら、誠に残念です、なぜアメリカにこんなことを言われなきゃいけないのか。広島、長崎に人体実験の核爆弾を落としたんではないかという疑念を私は今も持っていて、軍とも、アメリカ軍ともその議論をしますから、そのアメリカのニュークリアの側にこういうことを言われたくないと思いつつ、残念ながらその気配を感じるんです。
主権者のためにも分かりやすい例で言いますと、日本原電という会社があるんですよね。で、福島の事故以来、日本原電はどちらかというとメディアでは悪の権化という扱いになっています。報道の自由ですから、それに対して今日コメントすることはしませんけれど。日本原電は元々は、この委員会でも行くかもしれないところですけれども、原子力発電のパイオニアであったことは確かなんですよね。その日本原電とこの原子力規制委員会が、十年越しの紛争が起きているわけです。その紛争の原因は何かというと、活断層の問題なんですね。
で、活断層って最近ニュースで全然目にしないなと思われていると思うんですけれど、そもそも福島の事故の原因は、私なりにもちろん結論を持っています。国会や政府の事故調とは違う結論を私は持っていますけれども、少なくとも、現場を見た者として言えば、これ、だから、迂遠なようで最初から説き起こしているので、地震の揺れで起きた事故とはとても思えません。
まず第一には、もう既に語られたとおり、東京電力の中の若い技術者の意見を聞かずに防潮堤の高さを高くすることを怠ったために、少し北方にある女川原発では、東北電力の若い社員の言うことも聞いて防潮堤を高くしていたから津波の高さに耐えられた。ところが、もう吉田所長亡くなられたので言いにくいんですけれども、吉田所長はその後がんで入院されて、事故と関係ありません、喉のがんですから、事故が起きたときには既にもう実はあの場所からこっそり東京の病院に通院もされていたんですね。で、もう死を間近にした病床から下さった電話の中で、青山さん、結局は私にも重大な責任があると、あのとき若い技術者の意見を入れて防潮堤さえ高くしておけば何事も起きなかったと。何事も起きなかったというのはやや言い過ぎかもしれませんが、死に行く人の最後の一言として私の胸に刻まれているわけです。
これはどういうことかといいますと、あのガル、重力加速度、恐らく七百ガルから場所によっては九百ガルぐらいの、想定外どころか、そんなことを言ったら学界の中では、特に山中先生よく御存じのとおり、それはオーバーイマジネーションだと必ず言われたと思うんですけれども、そういう部分もあったんじゃないかという揺れには耐えたんですね。
で、なぜ耐えられなかったかというと、実は津波の衝撃で壊れたんじゃないんです。それは、もう現場は残っていないんですけど、海側に行ったのは僕が最初でした、吉田所長の反対を押し切って、作業員の方の了解を得て、決死のみんなまなざしで回ったわけですけど、そうしたら、燃料タンクが、巨大な燃料タンクが海にぷかぷか浮いていたり、巨大なトレーラーが頭逆さまにして二台も突っ込んでいたり、逆さにですよ、上下逆に突っ込んでいるんです。
で、作業員の方は、ああ、やっぱり津波でやられたんだとおっしゃったんですが、僕は、申し訳ないですけど不遜を承知でそのとき申し上げたのは、皆さんは原子力の専門家ですと、でも不肖私は危機管理の専門家なので、危機管理全体から見たらこれは本当に天の助けであって、もし違う構造の原発だったら、原子力建屋が海に直接面していたらもう大変なことになっていたけれども、燃料タンクとか、あるいはタービン建屋、そういった放射性物質を帯びない、基本的には帯びない施設が海に面していたために、津波の衝撃がそこで吸収されて、だからこそ燃料タンクが海にぷかぷか浮かんでいるんですと。
じゃ、どうして事故になったかというと、何のことはない、これメーカー名は伏せますけれども、まあ知られていることですよ、あるメーカーの、巨大メーカーが造った原子炉がアメリカで欠陥炉だという裁判が起きて、実はアメリカの地震が多い西海岸に敷設できなくなって、だからさっき通産省と、今の経産省と東電が距離近過ぎたと申し上げたのはそのことであって、要はアメリカが造っちゃってもう売り先のないものを何と東電に売ったんですよね。で、その据付け工事を、例えば福島の地元の方々に頼むならまだしも、主たる工事をアメリカの業者に任せて、全部アメリカが利益持っていったんですよね。そのために何が起きたかというと、ハリケーン対策、ハリケーンと台風は似ているものであっても、もちろん地政学的、地理的条件、気象学上も違うんですが、それを考えていたから配電盤を地下に置いた。それが、衝撃が和らいだ津波の水でひたひたとぬれて、そして通電しなくなって、冷やせなくなって、今に続くあの巨大な事故に至ったというのが本当のところだと考えているわけです。
そうすると、そもそも地震でたたき壊されて起きた事故でもなければ、津波の衝撃でやられたんでもない、実は癒着の構造によってつくられたもの。それがどうして活断層の話ばかりになるのかということ自体が、もうそこでゆがみが出ているわけです。
ただし、活断層の問題は、今法律に書き込まれていますから、ここで国会議員としてそれを改めて問うことはもうしません。活断層があれば問題もあるのも事実なので、これ以上そこには踏み込まないけれど、しかし、日本原電と原子力規制委員会の紛糾の原因はずっとこの活断層なんですよね。しかも、これ、国民にはほとんど知られていないんですよ、なぜかメディアが伝えないから。共同通信にいましたので、メディアの手のうちもよく分かります。
具体的に言えば、特に敦賀二号機、福井県にある敦賀二号機について、この敦賀二号機の直下の活断層からやや右に、地図上では右にずれたところにある断層は今後動くおそれがある、ないしは強い活断層と、生きている断層とみなされています。しかし、その真下にある断層について、日本原電はこれは動く可能性がないとするのに対して、原子力規制委員会の、原子力規制委員会のというのは、その下に有識者会合というのがぶら下がっていて、これが動く可能性があると言っているわけですよね。
これ十年間もめ続けて、最近起きていることは、山中委員長におかれては、もう今年八月までにこの日本原電が満足できる書類を出さなければこの審査はもう打切りだということをおっしゃったと受け止められてもやむを得ない発言をされています。まずそのことについて、通告どおりにお聞きしたいんですけど。
実は、原子力規制委員会は、もう一度言いますけど、三条委員会で独立性高いからこそ、厳密に権限が定められています、日本は法治国家なので。独立性が高いからといって、アプリオリに、先天的に任せるようなことはしません。したがって、審査の申請があって、その審査が始まったものを規制委員会が打ち切ることはできないんです。できないことをなぜできるかのようにおっしゃるのか、厳しい問いかけで申し訳ございませんが、委員長、お願いします。