牧山ひろえの発言 (本会議)
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○牧山ひろえ君 立憲民主・社民の牧山ひろえです。
私は、ただいま議題となりました杉久武参議院法務委員長解任決議案に対し、提案の理由を御説明申し上げます。
今通常国会最大の争点の一つとなっている出入国管理法改正案をめぐっては、まず衆議院での審議段階において与野党間で様々な議論、協議が行われ、一部修正を経て参議院に送られてきたという経緯があります。加えて参議院では、立憲民主・社民、日本共産党、れいわ新選組、沖縄の風の四会派共同で、難民保護法、出入国管理法を政府案への対案として提出し、併せて審議を行ってきました。
その結果、法務委員会においては、入管そして難民行政に関わる様々な論点について、閣法、議法それぞれの比較も踏まえた質疑が行われてきたところではありますが、なお十分な議論が必要であることは言うまでもありません。
以下、現段階での質疑の終局がいかに問題が多く、間違った措置であるか、説明させていただきます。
まず、政府及び与党側は、衆議院での審議と同じレベルの審議時間を確保した旨を質疑の終局及び採決の理由付けとしていますが、衆議院での審議と当院での審議とは前提事情が異なります。今回の衆議院での審議については、政府提出法案である閣法第四八号のみを対象として行われたのですが、参議院においては、閣法及び衆議院における閣法の修正部分、そして私たち野党が提出した野党対案を一括して審議を行っております。検討すべき課題の多さからして、三倍とは申しませんが、衆議院と同じレベルの審議時間では、熟議を尽くすのに到底足りません。
政府案たる閣法の立法事実となる発言をされた難民審査参与員の柳瀬房子氏の政府参考人としての出席を再三私たちが求めているにもかかわらず、政府・与党側はかたくなに応じない姿勢を堅持しております。
同じく政府案の改正理由を裏付けるデータや、背景事情となる諸事情を各委員から要求しておりますが、まだ未受領なものが多数あります。政府参考人としての出席や、これらの諸情報は質疑を深めるのに必要ですので、それらの提供が済んでおらず、それらにより明らかになるであろう事実関係に基づいた質疑が行われていない状況で、審議を尽くしたということにはなりません。
先ほども申しましたが、今回の法案審議は、大変珍しいことに、政府・与党案である閣法と野党四党による対案が一括して審議にかかっています。ですが、前半日程では、両案双方に質問を行うのは私たちだけでした。これでは両案の特徴や差異を国民の皆様にも一目瞭然で分かっていただく絶好の機会が無駄になると懸念していたのですが、ここ終盤に至って、与党からも我々の対案にも質問が来るようになってきました。我々は、批判を恐れず歓迎します。ここに来て、議論もようやくかみ合い、相手方の主張への理解も深まってきました。本当にようやく与野党案一括審議のメリットが発揮され始めたばかりのこのタイミングで質疑を終了させてしまうということは、国民のために最適な結論を得るために熟議を尽くすことを使命とする参議院として、余りにももったいないです。その意味でも質疑終局は適切ではありません。
議論がかみ合ってきた論点の一例を紹介します。
仮放免中の逃亡者についてです。与党委員の多くは、このところ、逃亡者数の増加をもって規制や管理を強化することを主張しておりました。私たちの主張は違います。
仮放免の場合、働くことはできず、健康保険もなく、移動の自由もありません。いつ再収容されるか分からず、不断の緊張状態に置かれ、そのためにメンタルバランスを崩す人も多いと言われているんです。
例えば、誰でもいつ病気になるか分かりません。医療費を保険適用なしで支払ってしまえば、家賃も携帯代も入管出頭のための交通費も払えなくなるんです。したがって、入管側から見れば、電話がつながらない、そして住所が分からなくなる、入管に届出もない、すなわち逃亡者の要件に該当するということになってしまうわけです。このような窮地に追い込まれれば、人間誰しも最低限生きていくために何かをせざるを得なくなりませんか。在留資格のない者にまともに暮らす選択肢を与えていない現在の政策が仮放免者の逃亡を生み出し、そして犯罪を招きかねなくしている側面があると私は思います。
このように、一つの議場で同じ論点について、考え方の異なる政治家による正面からの有意義な議論が現在行われているのです。国民は容易に自分の考えに近い政権を選択することができます。実際、ここのところ、この問題に対する国民の皆さんの関心や理解が大変深まってきたように感じます。
法案審議がまだまだ必要であることを示すかのように、最近実施された法務委員会においても、法案の評価に直結する重大な事実が新たに次々と判明しています。
例えば、難民認定の不服審査における難民審査参与員に対する案件の割り振りが一部の担当者に極端に集中していることです。先ほども言及いたしました柳瀬房子氏は、二〇二一年には勤務日数三十四日で、全体の処理件数六千七百四十一件の約二〇%である千三百七十八件を担当されている記録となっていました。二〇二二年の記録では勤務日数三十二日で、全体の処理件数四千七百四十件の約二六%である千二百三十一件を担当しておられました。一日の稼働が四時間という調査結果と併せますと、何と一件当たり六分しか処理の時間を掛けていない計算になります。
柳瀬氏を含めたごくごく一部の参与員に案件処理を集中させる反面、一部の参与員には希望しても案件が年間数件しか、場合によっては一件も割り振られないケースも見受けられました。当局が言うような参与員側の事情や都合ではなく、参与員御本人が希望されても常設の処理チームにさえ配属されないのです。何らかの意図を感じざるを得ない有様です。実際、難民認定を認める意見を少なからず出していたところ、配分される案件数が減らされたり、チームを変更させられたりするケースもあったといいます。
この件は、柳瀬氏一人の問題ではなく、参与員制度全般が機能不全となっているのではないかという、より深刻で底が深い懸念を引き起こします。
参与員に配分される案件に着目しますと、難民不服審査事務をつかさどる入管庁により、極めて恣意的な事案配分がなされている実感がありました。まず、難民の可能性が低いと入管庁が判断した外国人を集中的に審査する臨時班が設けられていることが審議で明らかになりました。この臨時班では、基本的に書面審査しか行わず、大量の案件が短時間でお手軽処理されているんです。結論としましては、もちろんほとんどの結果が不認可です。
この臨時班について、驚きの事実が審議で明らかになりました。出入国在留管理庁が迅速な処理が可能な、かつ相当な臨時班の処理対象である、いわゆる迅速案件としたものが、二〇二二年に処理した四千七百四十件のうち、全体の六〇%以上に当たる三千六十五件にも上ることが理事会に提出された資料から明らかになったわけです。異常ともいうべき迅速案件比率の高さです。もう一つ着目すべき点は、案件配分の偏りです。このデータによりますと、三千六十五件の迅速案件を僅か十三人の臨時班で、残りの千六百七十五件を約百人の常設班で処理していることになります。尋常ではない偏りだと思います。
一旦迅速案件とされながら対面審査が行われたものや常設班に配分替えされたものもあるにはありますが、少なくとも五件と僅か〇・一%台にすぎません。不服を申し立てたうちの約六五%が迅速案件として書面審査しか行われず、審査に時間も掛けずに、ベルトコンベヤーに乗せられた製品のように、迅速、簡潔に不認定として大量処理されている実態が明らかになっています。六五%もの高い割合で迅速案件と区分したものを臨時班に配分する段階で、簡単な審査で不認定と判断できる案件という入管庁の価値判断、あえて言えば、予断が容易に入り込む構造的な問題には全く手を付けられない状態です。
参与員制度に関わる問題はそれだけではありません。制度を支える参与員の専門性に関し、五月二十三日に行われた本委員会の参考人質疑に登壇した阿部浩己明治学院大学教授は、国際人権法、難民法の専門家で、十年余り参与員を経験しておられます。この立場から、参考人質疑で、参与員は、それぞれの領域の専門家であっても、誰一人、難民認定の専門家ではないと陳述しております。その認識の上で、だからこそ審査の質の向上のためには、認定実務で使える実践的なスキルの研修が重要である、なのに、難民条約の解釈やインタビューの仕方といった基本的で実務的な研修さえ行われていない、ましてや供述の信憑性の評価の仕方や出身国情報の使い方などの国別事案に即した研修は当然のように行われていないとの衝撃的な指摘がありました。保護すべき者を保護する裏付けとされてきた参与員の難民認定に関する専門性が否定されたのです。
参与員に必要な素養やスキルに関連してもう一点。
参考人として登壇した参与員の浅川晃広参考人は、五月二十五日の参考人質疑において、難民性の判断に当たり、出身国情報を参照しない場合があると陳述されています。難民認定の国際基準ともいうべきUNHCRのハンドブックやその研修では、出身国情報を把握することは極めて重要だとされています。浅川氏の出身国情報の取扱いは、少なくともこれらの国際標準と懸け離れたものです。
法務大臣が繰り返し公言されているように、保護すべき者は確実に保護できているというのは難民認定について高度な専門性を持つ参与員が二次審査を担当するからだという建前は、もはや崩れました。
阿部教授は、十年間の参与員時代、御担当された審査が約五百件、うち認定の御判断が約四十件、約八%。柳瀬氏や浅川参考人の御報告とは大きな違いがあります。ですが、最終的に入管庁に難民として認定されたのは何とゼロ件とのことです。阿部教授ほどの専門家による厳選した報告が十年間一件たりとも採用されない。こんなことはあり得るんでしょうか。
阿部教授の件だけではありません。二〇一三年以降、難民申請の二次審であります不服申立て審の不認定率は毎年九九%以上です。一次審査で拾い切れなかった難民認定該当事案を取りこぼさず拾い上げるという参与員制度の制度趣旨からすると、完全に機能停止と言えます。入管や法務省の主張する保護すべき者を保護が実現できる審査どころか、国際基準から懸け離れた審査としか言いようがありません。
特に今週は、今回の法案審査に関する大きな動きが相次ぎました。
難民審査参与員の柳瀬氏の発言によりますと、柳瀬氏は、二〇一九年十一月に収容・送還に関する専門部会第二回会合から二〇二一年四月の衆議院法務委員会までの一年半で、対面審査を五百件行ったことになります。
齋藤法務大臣は五月三十日朝の記者会見で、一年半で五百件の対面審査は可能と発言されましたが、その後、不可能と言うつもりで可能と言い間違えたと訂正されました。これだけの件数の審査を行ったのに、難民として保護に値する人はほとんどいなかったという柳瀬氏の発言が政府案の立法事実となっており、その信憑性を法務大臣が否定されたわけですから、柳瀬氏の発言を一から精査する必要があります。
そもそも、ちなみに一九年の一年間を見ると、参与員全体で、対面審査は五百八十二件、二〇年は五百十三件と入管庁は答弁しております。そんな中で、一年半で五百件です。普通に考えてもあり得ない数字で、早い段階から疑義が呈されてきました。私も、何度も委員会などでこの件に関し質問をしています。ですが、大臣と入管庁の回答は、判を押したように、あくまでも柳瀬氏の記憶に基づいた発言を重く受け止めるの一点張りでした。すなわち、根拠は示せないが信じられるという内容の繰り返しです。
衆議院の十九時間、参議院での二十一時間。日本に住む全てのゆかりある人々の最大限の幸福のために最善の議論を尽くすべき熟議の場が、虚偽の情報を基に費やされてきたということになります。大臣と法務省の責任は非常に重いと言わざるを得ません。
また、大臣の発言は、これまで擁護していたはずの、柳瀬氏が主張してきた審査件数を、大臣と法務省自ら不可能と否定したことを意味します。つまり、今回の政府改正案の立法事実が破綻したということです。この事実について、齋藤法務大臣からは、立法事実の一部の相違にすぎないのにという趣旨の答弁がありました。
私は、このことは政府案全体に影響を及ぼしていると思っています。なぜならば、柳瀬参与員の、救うに値する本当の意味の難民は日本にほとんどいないという発言は、今回の政府・与党案のまさにスピリット、根幹そのものであり、そのスピリット、魂が土台となったことで、救うべき難民がいない前提になってしまった。そして、それらに伴い、あらゆる制度設計が行われてしまったからです。
政府・与党は、今回の立法事実の破綻という事実を受け、政府改正案を取り下げ、一から人権保護という正しい基軸に立った改正案を一から作り直すか、その視点で作り上げられた野党対案を採用して審議をやり直すべきです。少なくとも、立法事実にこれだけ深刻な疑義が生じている状況下で質疑の終局などあり得ません。何よりも、今日この段階で質疑を終局することが時期尚早であり、害が大きいことはるる述べてきたとおりです。
しかるに、法務委員会、杉久武君は、入管及び難民行政の現状を憂う多くの国民の声を代弁してなお慎重に質疑を行うべきという野党側の意見を完全に無視し、そして、職権で質疑を終局し、委員会採決を決定するという強引極まる委員会運営を行いました。杉久武君が委員長就任時に、委員会の公正かつ円満な運営に努めると明言したことなど完全に忘れ去ったかのごとくの振る舞いであり、もはや看過することはできません。
よって、杉久武君に法務委員長の重責を担わせることは到底できないことは明白であることから、杉法務委員長の解任を求めて、私の提案理由の説明とさせていただきます。
結びに、私の政治信条は、命を守りたい、ですが、命の尊さは日本人も外国人も変わるところはない、この共通認識に立ち、入管、難民政策の議論をより掘り下げていきたい。これを与党の国会議員の皆様にも御賛同いただけることを願って、本件のお訴えとして終わらせていただきます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
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