岡崎重人の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(岡崎重人君) 特定非営利川崎ダルク支援会理事長をしています岡崎重人と申します。
本日は、このような場所にお招きいただき、依存症の当事者として私はこの場に座らせていただいて、御意見を述べさせていただきたいと思っております。
皆さんも御存じかもしれませんが、薬物依存症という、依存症という病気ですね、それを私たちは当事者が当事者を支援するという形で、一九八五年、東京都荒川区東日暮里で、今は亡き近藤恒夫さんとロイ・アッセンハイマーさんが当事者活動を始めました。そこから二十年ぐらい経過したときに、私は二〇〇四年にダルクに初めて相談をする機会を得ました。
相談した経緯は、家族が私の薬物使用についてどうすることもできない、私自身もやめる気は全然なかったんです。大麻を使用していましたし、ほかの薬物も使用していましたが、自分自身がやめようという気もなく、ただ、自分自身、私自身の薬物使用を周りから見ている家族は、その使用状態に困っているのを見てダルクへの相談を初めてしました。それが今から約二十年ぐらい前のことになります。
本日ここでお話をするという話をいただいてからいろいろなことを考えて、すごく緊張もしたんですけれども、もう昨日も全然眠れなかったんです、それで。ああ、こんなときに大麻あったらいいなと思ったのは本当に事実なんです。自分が使用者だったからというのもあるかもしれませんが、お酒を飲んでゆっくり寝れるかなと皆さんが思うかも、アルコールを飲まれる方は思うかもしれませんが、それと同様に、まあ何かリラックスできたらなと、ふとよぎりました。
ただ、自分自身は二十年前にダルクにつながって、薬物をやめようという選択を今もし続けています。それは人から強制されてしたことではなく、ダルクやその自助グループの人たちに、一緒になって依存症から立ち直っていく、回復していこうというふうに目指している人たちが私の周りにいてくれて、その人たちと一緒にやめていきたいというふうに思えたからだと思います。
自助グループの中では、新しい生き方を培っていこうというふうに言われるんですね。その新しい生き方を自分自身もやっていきたいと思ったから、今もやめ続けていきたい、今日一日薬がない生活で、今というこの瞬間に向き合っていきたいという思いを持てているからだと思います。
薬物の問題というのは本当に様々で、依存症支援として私たちがやっている福祉だけで成り立つようなものではなく、司法や医療や、そして福祉又はもっと様々な分野が必要になって、その回復の支援だったり、又は、全員がこれも薬物を使ったから依存症になるというわけではなく、ほかの物質も全く同じです。アルコールだったりコーヒーだったり、何にせよ、その物質だったり行為が生活に支障を来してしまったり、又はほかに害を及ぼしてしまうことが起こり得る、リスクがあるということですね。
なので、たとえ薬物を使ったからといって全員が依存症になる、そういう危険性が全てのものにあるというわけではないんですね。ただ、リスクは、可能性が上がっていくというものがあります。
ダルクでの仕事をさせてもらってから、刑務所教育だったり、学校教育の場所に立たせていただくことも回数を重ねてやってまいりました。その中で、刑務所や保護観察所に通われている方たち、薬物事犯で逮捕された方たちが、教育の中で、刑務官の方や保護観察官の方の前でお話をするときに、やめますとか、やめていきたい、出たらやめていきたいというふうにそれは言いますよね。そこの場所でやはりいろいろな圧力が掛かっていたり、そこでの生活みたいなのも、刑務所での生活なんかもあったりするというところがあって、自分自身に正直にそこの場所でなかなか話をすることができない環境というのも、実際に今の現状で依存症の支援の中でも起こっていることだと思います。
薬物依存から回復していくために大切なことというのが、自分自身が正直であること、そしてオープンマインドであること、固定観念を捨てていろいろな意見を聞いていくこと、そしてその御本人のやる気であるというふうに言われています。
司法の中だけでは、やはり自分自身が本当はまだ使いたいと思っていてもそのことをやはり発言することも許されなかったり、やめたいと思っていてもそれがうまく伝えられなかったりというようなことが起きるような現状もあります。なので、御本人が、依存症者だったり使用者の方がやはりやめたいと願ってやめていくということが選択できる、自発的にそういったものを選べるような仕組みというのが、理想かもしれないですけれども、あったら、それは、国民というか、個人個人を尊重し合いながらお互いのことを配慮している社会になるのかなというふうにも私個人は思っております。
教育の中では、薬物再乱用防止というものがあり、学校教育の中でもお話をさせていただいたり、「ダメ。ゼッタイ。」というような形で、確かに生涯経験率は低いかもしれませんけれども、依存症や薬物事犯で逮捕された方たちに対する物の見方というのは、やはりすごく厳しいものがあるのが現状だというふうに私は理解しています。
今の経験率をそのまま維持していくためにこの運動が必要であるならば、ほかにも、薬物依存というものだけでなく、様々な行為の依存だったりネット依存だったり、そういったものも含めた依存、何かに頼るというものが必要ない子供たちというものが、そういったものを地域の中でも選択をして、選んで生きていけるような、薬物依存症、依存症の教育というのが必要にもなってくるのかなというふうに私は思っています。
今までは、依存症の人がいるのが、刑務所だったりとか精神病院の中にそういう方たちがいて、そこでしか薬物をやめることができないというふうに多くの人が考えてもきたかもしれませんけれども、社会の中で様々な支援がある、そして困ったときに相談に行ける場所がある、それを犯罪というもので一くくりにしてしまうと、周りにいる御家族の方や配偶者の方がやはり相談窓口にたどり着くのにはかなりの時間が掛かってくるのが現状です。
何度も逮捕されて、孤立をして、そしてもう行く場所がないから依存症支援にたどり着いたという方もダルクの中では少なくはありません。もっと前の段階で情報提供ができたり、使用についての、どんな使用の仕方が悪いとか、うまく使わないでも誰かを頼ることができるんじゃないかということを、いろいろな場所で教育だったり支援をしていくことでもっと模索できるんではないかというふうに思っています。
これからの薬物問題に関して、大麻もそうですけれども、ほかの薬物に対しても、やはり当事者であったり家族だったり、ほか現場で支援を行っている専門家の人たちの声をもっと聞いていただきたいなというふうに思います。私自身は、今回資料も出していないし、口頭でこのような形で依存症の当事者の話になってしまっているんですけれども、皆さんが現場でそれぞれ支援している中で抱えている苦労だったり、そういったものを、国の依存症の対策だったり、そういったものにもっと役立てていただければ幸いだというふうに思っています。
近年は、薬物問題として市販薬だったり処方薬だったり、そういうので困ってダルクなんかに相談に来る人もすごく増えています。若者の市販薬や処方薬のこともニュースになったりしていますけど、御家族の方は、こんなに大変なことになるとは思っていなかったと。普通に売られている薬だし、医者が処方している薬だし、それが自分の息子だったり娘さんを、こんな大変なことになるんだったら、もっと早く何か自分で手だてがあったんじゃないかというふうに家族の方は自分を責めるんですね。でも、やめていくということを選んでいくのは依存症者だったら本人だし、そこにすごくつらさを相談を受けていても感じます。
ですので、是非、薬物の、ほかの依存症に対しては、ギャンブルだったりアルコールだったり、基本法だったりというものがありますけれども、薬物依存というのはどうしても刑罰というものがあるからなのか、薬物依存症に対しての議論というものをする機会というのが、今までもそれぞれの司法的な部分だったりというところではあったとは思うんですけれども、もっとメンタルヘルス、精神的な衛生としてそういった部分を話し合う、そして議論をする、対話をしていくという機会をこれからも進めて、開いていっていただければというふうに感じております。
僣越ですが、御清聴ありがとうございました。