西村智奈美の発言 (環境委員会)
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○西村(智)委員 立憲民主党の西村智奈美です。
新潟県から日本海に流れ注いでおります阿賀野川は、栃木県、福島県を源流として、水量が大変豊富な川です。その流域は、春は新緑、秋は紅葉、そして冬は雪景色と、四季折々の景色が本当に美しいところなんです。
その阿賀野川流域で、昭和電工鹿瀬工場は、アセトアルデヒドを一九三六年から生産を開始していたと言われておりますけれども、一九五九年頃から生産量を急激に増加させており、製造工程内で副生されたメチル水銀は、処理されないまま阿賀野川に垂れ流しとなっていました。新潟水俣病の公式確認は一九六五年、同じくアセトアルデヒド生産のために副生したメチル水銀をチッソが水俣湾に垂れ流しにしてきて発生した水俣病の公式確認から九年後ということであります。
当時のことを思い、それからの時間の流れ、またその中で苦しんできた被害者の皆さんのことを思いますと、私も憤りでいっぱいですし、胸の中が、何とも言えない、本当にここで何とかしなければいけないという思いでいっぱいであります。
そんな中で、今年、水俣市で開催された関係者団体の皆さんとの意見交換会で、あろうことか、環境省が三分でマイクを切るという暴挙に出ました。あってはならないことでありまして、これは、環境省が水俣病と向き合う根本的なその姿勢が問われた、そういった事件だったというふうに私は思っております。
それで、私は、まずこの件から伺いたい。
実は、マイクを切られたのは、二回だったのではなくて三回だったのではないかということです。環境省は、マイクを切ったのは、団体三番目の水俣病被害市民の会と、それから五番目の水俣病患者連合の二回であったというふうにおっしゃっておりますけれども、本当は、水俣病不知火患者会の岩崎さんを含めて三回だったのではないかというふうに思いますけれども、いかがでしょうか。