篠原孝の発言 (環境委員会)
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○篠原(孝)委員 時間が押していますので、ちょっと僕がわっと言いますから、聞いていていただきたいと思います。
四ページの資料を出してありますけれども、三つの判決、これは違うんですよね。ごたごたしているので、こんなに各地の判決もまちまちだったら、患者の皆さんが困りますよ。司法がラストリゾートですけれども、これに頼ろうと思っていても、大阪地裁のように、みんななるんだったらいいんですけれども、これはやはり行政がやらなくちゃいけないと思います。司法と行政と立法と三つに絡んでいるんです。日本のシステムが問われていると思います。六十八年もたって、これ一つ解決できないのか、何をしているのかと。
次のページは、前のときにも提出しましたけれども、和解に至っているのは、国が、総理が言って解決しているんです。ハンセン病も総理談話で解決していたはずです。そして、そういうことはできるはずです。それが二ページ目です。
そして、次は、去年の九月の、長野駅前で月曜日に街宣をしているんですが、そのときの私のペーパーです。その二ページ目のところを見てください。ここでちょっとは言ったかと思いますが、余り言っていないんですが、ドミニカに農業移民で行ったところが、土地が全然、うそで、提供されていなかった、それで路頭に迷うわけです。我が日本国、金持ち日本国は、小泉純一郎総理が談話を発表して、一人二百万円、そのときに補償をした。ドミニカ政府は黙っていた。しかし、お金がたまってきたんでしょうね、びっくら仰天ですよ、四十三世帯、家族に対して、一家族当たり二千万円の補償をするというのを発表して、やっているんです。貧乏国なんて言っては悪いんですけれども、そんなにお金もない国がこういうことをしているんです。日本国は、ここに書いてあるように、謝らない、失敗を認めない。日本はそうなんですよ。しつこいんです。
そんな中で、私の個人的なことですけれども、ちょっとお話をさせていただきたいと思います。もうほとんど環境省の人たちも知らないと思いますが、山内豊徳さんという立派な方がおられたんです。環境庁です、一九三七年生まれ、私より十歳ぐらい上ですけれども、企画調整局長で、悩んで自殺されたんです。
この方は、私は何で知っているかというと、霞が関ペンの会というのがあったんです。どういうことかというと、霞が関の役人で本を書いている、自分のやった法律の解説書じゃなくて、そうじゃない本を書いている。山内さんから電話がかかってきて、私は「アメリカは田舎の留学記」という本を出したところなんです、そういうことをやりたいから会に参加してくれ、勉強会をやったりすると。非常に優しい人でした、物腰が柔らかで。そういう人だから私は入ったんです。ほかに、竹本直一さん、それから、厚生労働省の先輩では大泉博子さんとかがいました。
この方が、本当は水俣病の患者を救いたいから全面的に和解したいというのに、国は絶対和解しちゃいけないと。そもそも福祉行政をやりたいということで厚生省に入られている、そういう人なんです。そういう人が命を絶たれるわけです。びっくら仰天です。命を絶たれたのは一九九〇年ですけれども、環境庁長官が、三十年ぶりに水俣を訪問しているんです。そういう高圧的な国なんです、現場にも行かない。それからすれば、大臣は大したものです。大分、日本国政府も柔らかくなったと思いました。
私は、つなぎで、水俣病被害者とともに歩む会の会長というのをやっていたんです。私の選挙は関係ないですよ。たった一つ、私は環境委員会の近藤さんに次ぐ主みたいになっているので、しようがないから。近藤さんがやった方がいいんですけれども、嫌がっていましたので。何でやったかというと、この山内さんの無念を晴らすことができるんじゃないかと。しかし、私よりも、阿賀野川を抱えた西村智奈美、水俣のすぐ南の野間健の方がふさわしいから、会長と事務局長にして、うまくいっていると思います。
これは、やる気があるかどうかですよ。山内局長、自ら命を絶たれた方、この無念を晴らしていただきたいと思います。環境省の職員の皆さんに、まずそういう気持ちを持っていただきたい。さっき川内さんが、裁判に負けた、勝ったとかと言っている、そんなのじゃないよと。当たり前ですよ。
それで、うちの方の変な人たちが、この問題、マイクを切断した事件があったときに、環境大臣の首を取れるぞとかと言って喜んでいたのがいましたけれども、僕はどなりつけました。何をばかなことを言っているんだ、そんなのはうちではない、ちょうどこういうのがあったから責めたりするから、こんなことがあったので、これをきっかけに水俣の患者を一気に救うんだと。
だから、今大臣は大変かもしれませんけれども、そういう機会に恵まれておられるんだと思います。この絶好の機会を是非生かして解決していただくことをお願いしまして、私の質問を終わらせていただきます。
ありがとうございました。