牧義夫の発言 (憲法審査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○牧委員 立憲民主党の牧義夫でございます。
今国会で初めて憲法審査会に参加をさせていただきました。本来であれば、これまでの議論を踏まえて、そこからスタートすべきところだと思うんですけれども、これまでの議論というのは、そもそもかみ合っていません。改憲をせかす皆さんのお話を聞いていると、内容はともかく、改憲そのものが自己目的化しているようにしか聞こえてきません。
以下の理由で、私も、改憲の必要性、立法事実に疑問を持つ者の一人であります。
まず、緊急時における立法府の機能の維持についてでありますけれども、二〇二二年に行われたネット投票に関するアンケートで、各党が実現に賛成と答えており、反対表明はありませんでした。二〇二一年提出のネット投票法案には、国民民主も日本維新の会も共同提出者になっております。与党がやると言えば、明日からでも実施に向けた具体的な検討に入ることができるわけであります。
国会の審議についても、リモートで幾らでも対応できるということがこのパンデミックの体験を通じてもう既に実証済みだというふうに思っておりますので、立法府の機能の維持については、これは、我々はきちっと法改正によってできるということを申し上げたいと思います。
そして、教育無償についてでありますけれども、現行憲法で義務教育無償は御承知のように保障されております。その上で、高等教育についても、国連人権規約A規約にある漸進的無償化の条項を、これは我が国は長年にわたって留保してきましたが、二〇一二年、民主党政権によって留保が解除されております。
憲法九十八条二項で、国際的な公約についてはこれを遵守するということが定められておりますので、憲法にまた教育無償化を書き込むことは、屋上屋だと言わざるを得ないというふうに思います。
九条についてですが、岸田政権は、二〇二二年十二月、専守防衛の原則に基づく従来の安保政策を大転換し、新たな防衛三文書を閣議決定しました。防衛費をGDP比二%に倍増、敵基地攻撃能力、つまり先制攻撃容認に踏み切ったわけです。この時点で既に現行憲法を逸脱していると言わざるを得ないと思うんですけれども。
ちなみに、自衛隊の条文への明記にこだわる意見がありますけれども、ちなみに、世界最大の軍事大国であるアメリカ合衆国憲法における軍隊の位置づけというのを見てみますと、修正八条、これは議会の立法権限を定めた条項なんですけれども、その十二項に陸軍の編成、十三項に海軍の創設と維持とあります。陸軍については、歳出の承認は二年を超えないというただし書までついております。十五項に反乱鎮圧のための民兵団の招集というのがありますけれども、海兵隊や宇宙軍、サイバー軍といった記述はどこにも見当たりません。ちなみにの話でございます。
防衛力の増強こそが抑止力強化につながるとの意見もありますけれども、私は、現行の九条一項、二項の存在こそが何よりも戦争抑止につながっていると思っております。自らは戦争をしないとうたっている国に対して武力攻撃をしかけることは、国際社会の中で相応の非難と制裁を覚悟しなければならないはずです。今回の敵基地攻撃能力保持で、その抑止力の一部が損なわれることを大変危惧をしております。
ロシアによるウクライナ侵攻は大いに非難されるべきと考えるものではありますけれども、しかし、NATOの東方拡大とウクライナのNATO加盟への意思表示、つまり、ロシアに対する挑発がなければ、あるいは未然に防ぐことも可能だったとの見方もあります。
以上、立法事実に関して述べさせていただきました。
次に、改憲推進五会派の思惑もそれぞれあるんだなということを先週の会議で感じさせていただきました。維新の委員の発言を聞いて特にそう思ったんですけれども、予算委員会のときは委員長職権で押し切られ悔しい思いをしたけれども、当審議会でこそ会長の職権で前へ進めてほしい、そういった旨の話だったんですけれども、しかし、私は、責任ある与党は軽々にそんな無責任な挑発には乗らないと信じております。
なぜならば、責任ある与党の皆さんは、現行憲法の成り立ちについて十分に理解し、現実を踏まえ、特に九条についても既に解釈改憲で事足りると実際正直なところ考えているわけで、岸田総理の発言も自民党支持層に向けての単なるリップサービスだと私は理解をしております。
憲法についての深い議論を重ねることは大いに歓迎をいたしますけれども、かつての首都機能移転のときのように、最後に各論に入った途端、それぞれの思惑の違いから破綻することが容易に想像されます。
先ほど、現行憲法の成り立ちについてと申し上げました。昭和二十一年に成立した日本国憲法がGHQから押しつけられたものか、そうでないかの議論をここでするつもりはありませんが、少なくとも占領下で制定された憲法であることは事実です。
しかし、本来ならば、ポツダム宣言十二項に、日本の最終の政治形態は日本国民の自由に表明される意思によって定めるべきとありますけれども、本来ならば、その趣旨に従えば、サンフランシスコ平和条約、昭和二十六年で主権を回復して、ここで改めて新憲法を制定することもできたわけです。しかし、そうではなくて、あえて自らの意思でこの現行憲法を保持することを決めたと解すべきだというふうに思いますので、押しつけ論については、これは意味のない話だと言わざるを得ないと思います。
そしてまた、ここで忘れてならないのは、平和条約と同時に、その陰で、日米安保条約行政協定が結ばれたということです。占領が解除されると同時に、米国が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を約束したわけで、これは主権の一部放棄と言ってもいいのかもしれません。
これは私個人の考えでありますけれども、日米安保条約地位協定を見直して、日本が真の主権回復を果たした後に九条二項を見直すといったような真正面からの議論であれば、お試し改憲のための不毛な議論よりももっと意味のある議論になると思いますが、保守政治家を自認する皆さんは果たしてどう思われるのか。答えられる方がいたらお聞かせをいただきたいというふうに思います。
以上です。