北神圭朗の発言 (憲法審査会)

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○北神委員 お懐かしゅうございます。約一か月ぶりでございます。この間、本審査会での議論を一人寂しく会館のテレビで眺めていました。体調不良の少年が教室の窓から校庭で遊ぶ仲間たちを眺める、そんな気持ちで眺めておりました。再び参加できることを心から感謝を申し上げたいと思います。
 正直、もう今頃は起草委員会も立ち上がり、国会機能の維持の条文をめぐる議論が進んでいるかなと期待をしておりました。残念ながら、そんな状況には至っておりません。早急に起草委員会を立ち上げ具体的な条文を作成することを今回も要請したいというふうに思います。このままでは、今国会も意見交換の場で終わってしまいます。
 実際、しゃべる順番が最後なのは時にはつらいものでして、もう既に國重委員の御意見とほぼ同じような話をしますが、これもまた議論が、少なくともこの国会機能維持についてはもう煮詰まりに煮詰まっている、その表れだというふうに思います。
 選挙困難事態の立法事実については、私は四月二十五日に、これは単なる生のデータの話ではなく、そこから抽象的な事実を抽出、構成した理論的、規範的なものだと申し上げました。その後、本庄幹事からは、この考え方そのものには異論がなく、選挙困難事態は理論上、観念上あり得るとしながらも、ただ、広範な地域で相当程度長期間、選挙が実施困難な事態ということが現実問題としてあり得るのか、あり得るとしてそれはどのぐらいの可能性なのか、いまだ説得力ある科学的検証が示されていませんとの発言がありました。
 繰り返しになりますけれども、東日本大震災では選挙が八か月近く実施できませんでした。既に示された試算によりますと、比例代表を含めて六十九人の議席、定数全体の一四・八%が欠けてしまうことはもう御理解いただいていると思います。逆に八五%議員がいるんだから問題ないという指摘については、後ほど触れます。
 今後については、地震学者は、三十年以内に七、八〇%の確率で南海トラフ、首都直下型地震が起こり得るという予測を科学的に示しております。これらは東日本大震災の規模を上回る地震、津波の可能性が高いというふうにされております。
 事務局の試算の結果、前者の場合は総定数の二八・六%、後者の場合は二三・九%の議員が欠員となります。少なくとも、選挙の一体性が損なわれる可能性は高いと言えるのではないでしょうか。逆に、これでも説得力がないと言うなら、どういう検証が示されたら説得をされるのか、問いたいところでございます。
 また、先週、逢坂幹事より、災害によって国会が物理的に使えない場合どのように対応すべきか、これも重要な検討項目だと考えられますとの御提案がありました。
 我々が御提示しているように、オンライン国会を憲法上明記することは一つの対策になるのではないかと思います。ただ、危機管理というのは想定外の事態を一つ一つ潰していく作業でありますので、議論することには大いに賛同したいと思います。
 しかし同時に、危機管理はできることから進めていくことも大事です。是非とも、様々な議論をしつつも、一定の合意を得られたものから決めていきましょう。
 もう一つ大きな論点は、議員任期の延長は国民の選挙権を制限し、国会議員の民主的正統性の根拠が乏しくなるというものです。確かにそのとおりで、できるだけこういう事態は避けるべきであります。
 しかし、危機管理というのは、平時の恵まれた環境がない中で、有事の備えに伴うコストと、備えた結果得られるメリットとの厳しい比較考量が求められます。
 仮に、このまま民主的正統性を優先して国会機能の維持がなされない場合、どうなるのか。東日本大震災の試算では、六十九人の地元代表の議員がいない中で、国会や内閣で様々な救済対策や復旧復興事業が決まってしまいます。南海トラフ、首都直下型地震の場合は、それぞれ百三十三人、百十一人と試算上なります。
 いや、国会議員は地域の代表ではないんだ、全国民の代表だから問題がないとの指摘もございます。
 確かに、代表制の趣旨として、国会議員は選挙民の意思に拘束されず、地元利益を国益に優先すべきではないという考え方は、私も同感であります。しかし、私が問題にしているのは、より実際的な話であります。
 災害などが発生した地元の国会議員は、少なくともほかの議員よりは、被災地の地理、地形、文化、歴史、住民の慣習などをよく理解しているはずです。被災地の首長、自治体議員、経済界、地域の指導者などとの人脈や信頼関係も、ほかの議員よりは持っているはずであります。
 有事の際、そういう議員がいるのといないのとでは、国会での議論、あるいは内閣に対する提案も、おのずと異なると思います。取りまとめられる対策、予算の内容も変わるでしょうし、それが効果的に実施されるか否かにも大きく影響するでしょう。幾ら被災地外の国会議員が抽象的に全国民の代表であっても、こうした役割を効果的に果たせるとは、とても私は思えません。
 整理をしますと、国会機能の維持のメリットは、有事において、地元の議員が国会に残ることによって、残らない場合に比べて被災地の声をより的確に行政に届けられる可能性が高まることです。デメリットは、本庄幹事がおっしゃるように、国民の選挙権が制限され、民主的正統性の根拠が乏しくなることです。
 ただ、ここで考慮すべきことは、少なくとも、我々、維新、それから国民民主党さんの案でいうと、その発動については厳格な要件が、事前にも、そして事後にも課されています。また、運用面では、立憲民主党さんが主張されているような繰延べ投票や緊急集会も、法律の常識的な解釈の範囲内で可能な限り活用することとしています。もっと言えば、こうした制度を設けること自体、国会議員の三分の二以上の発議と国民投票を経なければ成立しません。民主的正統性の問題を十分考慮した上でも、やはり私はメリットの方が勝るというふうに考えております。
 以上、こうした議論はもう何度もやってきております。そろそろ憲法審査会として次の段階に進んで、条文なのか要綱なのかこだわりませんけれども、より具体的な議論に移ることを再度求めて、私の意見とします。
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発言情報

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発言者: 北神圭朗

speaker_id: 4662

日付: 2024-05-23

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会