吉田真次の発言 (予算委員会第三分科会)
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○吉田(真)分科員 自由民主党の吉田真次でございます。
本日は、質問の機会をいただきまして、本当にありがとうございます。
早速ですけれども、岸田内閣の最重要課題と位置づけられている拉致問題についてお伺いをしたいというふうに思います。
今ほど山田先生もそうですし、本日は我が党の先生方も御質問されている内容でございますけれども、私もこの予算委員会の分科会で初めての質疑でございますので、そうした観点からも、重複することがあっても御容赦をいただければな、そのように思っております。
拉致問題は、拉致被害者の家族にとりましても、これは時間的制約もあって、まさに命に関わる問題であるというふうに思っております。何の罪もない我が国の国民を拉致をして、その方々がいまだに祖国の地を踏むことができていないという状況が長年にわたって続いております。
横田滋さんは、娘さんのめぐみさんにお会いすることができないままお亡くなりになってしまいました。また、田口八重子さんは、二歳だった娘さんとそれから当時一歳だった耕一郎さんを残して拉致をされてしまいました。当時一歳だった耕一郎さんはきっとお母さんという言葉を発することができなかったんだろうというふうに思います。当然のことながら、お母様の八重子さんも一度も息子からお母さんと呼んでもらえなかったんだろうというふうに思います。
こうしたことが親子にとってどれほどつらくて悲しいことかというのは、私も実際に娘を二人育てる親ですけれども、そういう立場からしても、本当に計り知れない悲しさ、つらさがあるものだというふうに考えているところでございます。
政府認定の方々だけではなくて、警察庁による、拉致の可能性を排除できない事案に係る八百七十一名の行方不明者の方々もおられます。その中には、私の地元下関市豊浦町というところに、勤務を終えて退社後に行方不明になった当時二十三歳の河田君江さんという方もおられます。八十歳を超えたお母様の奈津江さんは、夢に見るのはあの子がただいまと帰ってくることばかりであります、焦りと寂しさが襲いかかってくるというふうに語っておられました。いつも財布に入れておられる君江さんの二十歳の頃の、これはもう擦り切れてテープで継ぎ合わされた写真を見ながら、娘さんの帰りを待ち続けておられるという状況でございます。
数百人の自国民が拉致をされて、それが数十年にわたって祖国に帰ることができていない、この状況が、私は本当に、果たして主権国家としてのあるべき姿なんだろうかということは非常に疑問に思うところでもございます。
憲法改正を含めて、政府においては、あらゆる手段を講じて、政府認定のいかんを問わず、全ての拉致被害者が帰国をできるように、何としてもこの問題の解決を行っていかなければならないと強く思っているところでございます。
そこで、現在、拉致問題について具体的に政府が行っている取組はどのようなものがあるのか、そうした事業とか、あるいはそれにどのぐらいの予算がかかっているか、その点についての御答弁をお願いをいたします。