中嶋康博の発言 (農林水産委員会)
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○参考人(中嶋康博君) ありがとうございます。東京大学の中嶋でございます。
本日は、このような発言をさせていただく機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は、食料・農業・農村政策審議会の基本法検証部会の部会長を務めてまいりました。同部会では、委員の皆様から非常に多様な御意見をいただき、我が国の食料、農業、農村において直面する課題を多角的に検討する機会を得ることができました。
そこでの議論は審議会の答申としてまとめることとなりましたが、今回の改正案を拝見して、部会で議論したこと、答申で提案した内容は漏れなく盛り込まれているように感じたことを初めに申し上げたいと存じます。
この後のお話のアウトラインと、関連する図表を資料として用意いたしましたので、そちらも適宜御覧いただければ幸いに存じます。
まず、お話の一番目のポイントは、基本法検証を行う上での前提でございます。
私は、現行基本法の枠組みは非常によくできていて、現在の食料、農業、農村分野における課題と政策を体系的にうまく取りまとめていると評価しておりましたので、検証のやり方としては、枠組みを根本から変更するものではなく、時代にそぐわなくなった事項を外したり、必要になったものを付け加えたりすることで対応できるだろう、それゆえに、現行基本法が制定されたときのような基本問題調査会を立ち上げるようなスタイルは採用しなくてもよいと考えておりました。
部会の開催は限られた回数でありましたが、地方意見交換会も含めれば、それでも一年近く時間を掛けて検討したところでございます。論点を的確に選んで、非常に効率かつ効果的に議論ができたと思っております。
現行基本法は、一九九〇年代の社会経済情勢を背景にしたものとなっております。国内農業界では、九〇年代半ばに開始したWTO体制に身構えたところがございましたが、今振り返ってみますと、あの時期はひとときの安定期ではなかったかと言えそうでございます。
しかし、その後、すぐに大きな転換期を迎えることとなり、現行基本法が制定された後の約四半世紀の間に社会情勢は非常に大きく変化していたことを検証作業を行ってみて認識いたしました。それは、国際的な食料や環境をめぐる課題や政策的な議論が大きく様変わりしていったこと、そして国内的には本格的な人口減少社会に突入したことから、食料、農業、農村分野に様々な課題が突き付けられることとなりました。
また、この期間、景気の回復が遅れたことは我が国の国際的な経済力を低下させ、また、長くデフレから脱却できなかったことは、食料、農産物価格を低迷させてしまったところであります。
そのような状況の中で、様々な課題が現れて、新たな施策が展開されてきました。それらは現行基本法の枠内に収まるものもございますが、やはりどうしてもはみ出てしまうものがあり、今回の改正で理念の変更や条文の追加が行われることになったと承知しております。これについては後半で触れようと思っております。
このように、改正した内容が長く有効であり続けたために、今後二十年間に予想される課題は十分に考慮すべきとされました。それは、気候変動がもたらす食料需要をめぐる懸念、人口減少によって引き起こされる経済的課題、持続可能な社会を築くための国際的な要求事項などが指摘されたところでございます。
続いて、お話の二番目のポイントは、食料安全保障をめぐる事情です。
今回の改正に着手するきっかけは、我が国の食料安全保障に関して懸念が高まったことが背景にあるのは言うまでもないところでございます。二〇二〇年以降、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行、国際的に不安定な農産物の生産状況、ロシアのウクライナ侵攻という地政学的なリスクが引き金となった食料や農業資材の国際マーケットの変動など、断続的に重大な事案が次々に発生しております。
ここでスライドの方を御覧いただきたいと思います。一枚めくっていただきますと、スライド一で、二〇二〇年以降に国際価格が急騰したことが確認できますが、そもそも二〇〇〇年代半ばには一九九〇年代と比べて価格が二倍ほどに上昇し、その後、それ以前の水準には決して戻っておりません。しかも、価格の乱高下が常態化していることが分かります。
次のスライド二はちょっとミスして挿入してしまいましたので、これは飛ばしていただければと思います。
スライド三に移りまして、このような情勢を引き起こした要因をここでは示しております。こちらには、世界の人口、穀物生産、そして輸入貿易量の推移を示しています。
世界の人口はとどまることなく増え続けています。そのために、食料の需要が増えますし、また、ここには示しておりませんが、経済成長が同時に起こって食肉消費が増えることで餌の需要も上昇しております。それに応えるように、世界の生産量も着実に増えております。
世界全体を見渡したときに、生産と消費の偏在は貿易を拡大することとなり、事実、このグラフのように、世界の輸入量、そしてそれは輸出量でもありますが、確実に増え続けていて、それが二〇〇〇年を越えてから急激に拡大していることが確認できます。このことが世界の穀物価格の動向に構造変化をもたらしていると言えます。食料自給率が低い我が国は、海外からの輸入に頼らなければならないので、このような状況は大きな脅威となります。
スライド四は、少々見にくいグラフで申し訳ございませんが、主要国の穀物輸入量の推移を示したものです。
このグラフから、日本は長い間世界で一番穀物を輸入し続けていたことが分かります。現在、これまでのように、好きなだけ輸入できるポジションは揺らいでおります。改めて、国内生産の振興に力を入れるべきであり、食料自給率の向上を目指すべきであります。
このように海外に依存しなければならないような食料自給率の低下がなぜ起こったのかの説明にスライド五がよく利用されます。
そこで示されているのは、国内で自給できる米は需要がどんどん減少する一方で、国内で自給が難しい畜産物や油脂類の需要が増え続けていることが理由とされます。
もちろんそのような食料の構成の問題もあるのですが、歴史的に見てもっと大きく影響したのは、人口が成長し、必要とされる食料が増加したことであります。
スライド六は、食料自給率がどのように低下してきたか、現在はどのように推移しているかを示しております。
青色の折れ線グラフがカロリーベースの食料自給率を表しておりますが、かつては八〇%近くあったのが、現在四〇%ほど、半分程度の水準で低迷しております。自給率は分母を国内消費、分子を国内供給とする比率で計算されるところですが、こちらの図では、分母の国内消費は国内の一日当たりの総供給熱量とし、分子の国内供給は一日当たりの国産総供給熱量で把握しております。
一九六〇年代から九〇年代にかけて自給率は急落していきますが、これは、人口が拡大して分母の国内消費が急激に増えたにもかかわらず、国産供給を向上させることができなかったからであります。なぜ食料生産を増やせなかったかといえば、国内の農地が限られているからです。
スライド七は、国内農地面積では必要とされる食料は生産できないことを示しております。
先ほどのスライド六を再度見ていただくと、現行基本法が制定された後の時期に自給率はしばらく維持されて、その後じりじりと低下しています。このような状況となったのは、分母の国内消費が減少し始めたからです。しかし、残念ながらこの時期に、分子の国内供給は増えませんでした。二〇〇〇年代当初は、消費が減少するのと同じような歩調で供給が減少し、自給率は変わりませんでしたけれども、その後はそれ以上に供給が減少したために自給率が減り始めたのです。
スライド八では、自給率の減少率を生産要因と需要要因に分解して示しました。
消費要因については、二〇〇〇年頃までは消費が伸びていたために自給率を引き下げるように作用しましたが、その後は、消費が縮んでいるために引き上げるように作用しております。一方、生産要因は、一九七〇年代半ばに一時的に自給率を引き上げるように作用しましたが、それ以外は一貫して引き下げてしまっております。特にこの数年は大きな下げ圧力を生み出してしまっています。
スライド九に示すように、国内の農業生産構造は弾力的に大きく変化しています。需要に応じた生産が行われていることがかいま見られます。ただし、産出水準は実は一貫して低下しております。
スライド十は、国内の農業産出額の推移を示しています。名目の産出額、売上額はここのところ増加していることが確認できますが、実は物価調整をして計算された実質の産出額は、一九八〇年代半ばからずっと低下傾向にあります。このことが先ほどの自給率の計算に係る分子を引き下げることになっています。なぜこのように産出が低下し続けるのでしょうか。
それは、スライド十一にございますように、まず経営体が減っているからです。もちろん経営体が減っていてもそこで働く人らが増えていれば問題ないのですが、スライド十二のとおり、農業労働に従事する人は激減しております。それと同時に農地の利用度が低下し続けています。
スライド十三にあるとおり、転用等で農地面積が減少するとともに、農地の稼働率を表す耕地利用率は一〇〇%を切って下がり続けています。
スライド十四は、農業の投資動向を示しておりますが、信じられないほど投資が減り続けています。労働も土地も資本もこれだけ減り続けるならば、生産が伸びないのは当たり前です。
その状況を数値化したのがスライド十五です。
申し訳ございませんが、このグラフの基礎となるデータは農業だけではなく林業や水産業も含んでいるので、やや正確さを欠くところがありますけれども、およその動向を理解する手掛かりとはなります。詳しい説明は省きますが、このグラフからは、一九九〇年以降二〇一〇年頃まで確かに産出が下がっていたものの、実は労働や資本などのいわゆる投入はそれ以上に大きく減少していることが分かります。産出はなぜそこまで減少していなかったかというと、技術進歩によって少ない投入でより大きな産出を生み出すような生産性の向上があったからでございます。グラフでは、全要素生産性、TFPと書いてありますが、この程度が青い縦棒グラフで示されております。例えば労働は、人口減少社会において、今後増やすことはできないと思います。
このように、人手不足が続く中で、この生産性の向上を今後も維持しなければ、日本農業の生産性は立ち行かなくなるのです。このためにスマート農業の推進が鍵となりますが、それには投資が必要となります。しかし、先ほどのスライド十四にも示しましたし、また次のスライド十六が表しているとおり、一九九〇年以降、投資が減少し続けています。何とかして投資を増やしてもらわなければなりませんが、そのためにはそれぞれの経営者が将来の見通しや期待を持てなければ実現しないと思います。そのために、将来を目指した新たな方針が基本法の改正に合わせて提案される必要があると思っております。
お話の三番目のポイントは、今回の改正で加えられた事項です。恐れ入りますが、一枚目のアウトラインにお戻りいただければと思います。
加えられた事項の一番目です。基本理念の変更で、食料の安定供給の確保が食料安全保障の確保へと変更されました。供給を確保するだけでは食料が届かない人がいるという現実を踏まえて、入手可能性という概念を導入し、改めて食料安全保障の概念と政策枠組みを提案されました。このことについて、国際的な観点を導入するという議論が検証部会でされたところです。また、不測時の食料安全保障措置を強化されています。
二番目は、環境と調和の取れた食料システムの確立という五つ目の基本理念を新たに制定したことです。食料システムという概念も改正法案で提起されています。こちらも国際的な議論の枠組みを導入した結果であります。
三番目は、本文中に明確に人口減少を前提とした政策を打ち出していくべきことが書き込まれました。
四番目は、消費者の役割として、食料の持続的な供給に資する物の選択に努めることなどが書き込まれました。
五番目は、価格形成の在り方について、先ほども述べた、環境と調和させるシステムを実現するために持続的な供給に要する合理的な費用へ配慮することが提案されております。
六番目は、食料安全保障の評価指標目標として、食料自給率以外の指標を設けることが提案されています。
七番目は、これまで農産物の貿易政策が輸出入一体的に定められていたのが、輸入と輸出を明確に分けることとなりました。
八番目は人的資本形成への言及、九番目は新技術の活用、十番目は知財管理、そして、十一番目は農業資材政策の拡充を定めております。
十二番目としては、保全に資する共同活動を農業施策の事項として新たに位置付けを行っております。
十三番目は、この十年ぐらいの間に食料供給や農業活動に関わるようになってきた様々な主体を明確にしたところです。これは幾つもございます。第十二条では、新たに団体の努力という条文を定めて、食料、農業及び農村に関する団体の役割を明記しました。これは、第十九条でのフードバンクなどのNPOや、第四十五条での地域おこし活動をするRMOなどが想定されます。第二十六条では、地域の協議に基づきながら、農地の確保につながるような多様な生産活動への期待が示されています。第三十七条では、新技術を積極的に利活用するサービス事業体の活動を促進することとしています。第四十六条では、農福連携が地域農業の振興に資すると位置付けられました。
最後、十四番目に、リスク対策として、伝染病や鳥獣害という脅威への対策を明確に政策体系に組み込むこととなりました。
以上、駆け足となりましたが、今回の改正内容の背景と実際について述べさせていただいたところであります。社会が大きく転換するこの時代に、本改正により我が国の食料、農業、農村分野での新たな取組が強化されて、食料安全保障の確保を始めとした五つの基本理念がしっかりと達成されることを願っております。
以上をもって私の陳述を終えたいと思います。どうもありがとうございました。