作山巧の発言 (農林水産委員会)
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○参考人(作山巧君) ただいま御指名をいただきました明治大学の作山です。
本日は、意見陳述の機会をいただき、光栄に存じます。
私は、公募で明治大学に着任する以前は農林水産省に二十五年間勤務しておりまして、特に、一九九七年から一九九九年には、大臣官房企画室企画官として食料・農業・農村基本法の策定に従事をしました。農業の多面的機能、定量評価や中山間地域等直接支払の導入を担当しました。本日は、こうした行政経験も踏まえて意見を述べます。
なお、意見陳述の際には随時配付資料に言及しますので、各スライドの右下に付したページ番号を御参照ください。
まず、私の総論的な評価を述べますと、今回の改正案は検討期間が短く、過去の政策の検証や評価が十分ではないと、それから、条文の変更は多いのですが、中山間地域等直接支払制度のような生産基盤を強化するための新たな支援策が乏しいといったような問題があると考えています。
こうした観点から、以下では食料安全保障と食料の合理的な価格形成を中心に意見を述べます。
まず、食料安全保障についてです。
配付資料の三ページを御覧ください。
基本法における食料安全保障の捉え方を私なりに整理すれば、現行基本法の第二条第四項は有事における国家レベルの供給確保性に着目しているのに対しまして、改正案の第二条第一項は平時における個人レベルの入手可能性に着目しています。また、後者について農水省は、FAOと略称される国連食糧農業機関による国際的な定義に合わせたと説明しています。
しかし、改正案には二つの問題があると考えます。
配付資料の四ページを御覧ください。
第一は、食料安全保障という用語の使い方です。大辞林によりますと、安全保障は、国外からの攻撃や侵略に対して国家の安全を保障することという有事を指す概念で、平時の入手可能性に食料安全保障という用語を当てるのは語意に矛盾があります。食料・農業・農村政策審議会の会長を務められた生源寺眞一先生を含む多くの有識者もFAOのフードセキュリティーは食料確保や食料保障を指すと述べており、FAO本部で勤務経験のある私も同意見です。
第二は、食料安全保障に関する指標の不在です。FAOは、フードセキュリティーを平時における個人レベルの入手可能性と捉えているからこそ、それを満たさない世界の栄養不足人口を推計し、その削減を目指しています。改正案での定義がFAOと同じなら指標も同じになるはずですが、主に開発途上国を想定した指標が日本にとって妥当とは思えません。この点は改正案の第十七条に規定された基本計画で定めるのかもしれませんが、食料安全保障の新たな定義に即した指標の検討が不十分と考えます。
これに関連して、改正案の第十七条第二項第三号に規定された食料自給率の目標について述べます。
周知のように、基本計画で設定された供給熱量ベースを含む食料自給率の目標はこれまで一度も達成されたことがありません。
配付資料の五ページを御覧ください。
食料自給率は、食料の国内消費を分母、国内生産を分子とし、国内消費に占める国内生産の割合を表したものです。他方で、後述する食料自給力は分子のみに着目し、現在の農業資源で供給可能な熱量を表したものです。
その上で配付資料の六ページを御覧ください。
その左側に示したように、供給熱量ベースの食料自給率の分子は国産供給熱量、分母は総供給熱量で、これらは更に構成要素に分解することができます。このため、六ページの右側に示したように、分子の国産供給熱量は輸入品に代替する国内生産が増えれば増加し、食料自給率は上昇するのに対して、国内で自給できる品目の国内消費が減れば減少し、食料自給率は低下します。他方で、分母の総供給熱量は一人当たり供給熱量や人口が増えれば増加し、それによって食料自給率は低下します。
これを踏まえて、配付資料の七ページを御覧ください。
この図は、一九九八年度を基準に供給熱量ベースの食料自給率の変化要因を二〇二〇年度まで累積したものです。この図によれば、過去二十二年間で食料自給率が低下した主因は米のような自給品目の消費減少で、その大幅な低下を防いでいるのは高齢化による一人当たりの熱量減少という好ましくない要因です。他方で、小麦、大豆、新規需要米の生産増加の寄与は僅か一・二ポイントで、米の国産熱量の減少の四分の一にすぎません。つまり、食料自給率向上のために最も必要なのは消費者の輸入から国産食料へのシフトですが、実際に起こったのはその正反対で、今後もそれが変わる見込みはなく、改正案にも具体的な対策はありません。また、図では、二〇二〇年度に人口の減少が食料自給率の上昇に寄与したことが示すように、今後の人口減少は食料自給率の上昇に寄与しますが、それを抑制しようとする国家目標と矛盾する点も見逃せません。
食料自給率の更なる問題について、配付資料の八ページを御覧ください。
長期的に見ると、左側の軸に示した食料自給率は過去二十年間でほぼ横ばいなのに対して、右側の軸に示した芋類の消費を想定した食料自給力指標は、農業者や農地の減少、芋類の単収減少で低下し、二〇三〇年度には一人一日当たりのエネルギー必要量すら下回ると農水省は見込んでいます。つまり、輸入が途絶すれば日本人全員が生存できないほど生産基盤が弱体して、衰退しているにもかかわらず、分母も低下しているため、食料自給率には反映されません。このように、食料自給率は、有事における国家レベルの供給確保性を反映しない点でミスリーディングです。
基本法の策定時に農水省の事務方は食料自給率の目標設定には反対で、配付資料七ページの分析は、その懸念が正しかったことを示しています。
このため、今後定める基本計画では、有事における国家レベルの供給確保性の指標には食料自給力を用いた上で、それを担保する政策手段として直接支払を位置付けるべきというのが私の提案です。
次に、食料の合理的な価格形成について述べます。配付資料の九ページを御覧ください。
これは、食料の価格形成に関する改正案の条文を抜粋したものです。まず、新設の第十九条は、消費者の視点で、食料の円滑な入手の確保を定めています。また、新設の第二十三条は、生産者の視点で、食料の持続的な供給に関する費用の考慮を求めています。他方で、一部改正される第三十九条では、農産物の価格形成に関して、需給事情及び品質評価の反映という市場原理を規定しています。
これら三つの相互関係を示したのが配付資料の十ページです。
食料の価格は、消費者は安いほど良く、生産者は高いほど良い一方で、多くは市場原理で決定される点で相互に矛盾をはらんでいます。しかし、改正案はそれら三つを単に併記しただけで、矛盾の解消策を示していないように見えます。
食料の価格形成の問題は、長期的にはデフレ、短期的には生産資材価格の高騰による農業の収益性の悪化に起因し、それには大きく分けて二つの対策があります。
第一は、農産物への価格転嫁であり、改正案の第二十三条がそれに該当します。しかし、価格転嫁を強制することはできず、仮に実現すれば、食料価格が更に上昇し、特に低所得者が打撃を受けるという問題もあります。
第二は、生産者に対する直接支払で、その一例として、民主党政権下で実施された米に対する戸別所得補償制度の効果を配付資料の十一ページに示しました。
十一ページを御覧いただきますと、その制度は米の生産農家に十アール当たり一万五千円を払うもので、六十キロ当たりの単価は千六百八十九円になります。その上で、経済理論を用いると、手取り価格の上昇による生産者の利益は六十キログラム当たり六百七十一円なのに対して、市場価格の下落による消費者の利益は六十キログラム当たり千十八円になります。
配付資料の十二ページは、その算出根拠となる経済理論を示したものです。
技術的になりますのでその詳細は省きますが、重要なのは、生産者に対する直接支払は、その全てが生産者の取り分になるのではなく、市場価格の低下を通じて消費者にも利益が及ぶということです。
その上で、実際の米価格の推移を配付資料の十三ページに示しました。
左側の軸は水田作経営における十アール当たりの農業所得で、青色の線がその推移を示しています。また、右側の軸は二〇二〇年を一〇〇とした米の消費者物価指数で、オレンジ色の線がその推移を示しています。
通常は、米が豊作になると価格が下落するため、生産者の所得は低下し、それを受けて翌年の米の消費者価格も低下するため、オレンジ色の線は青色の線より一年遅れて連動します。しかし、戸別所得補償制度が実施された二〇一〇年や二〇一一年には、米生産者の農業所得は上昇する一方で、米の消費者価格は低下しました。つまり、直接支払で市場価格が低下するのは経済理論にとっては当然の結果で、それによって消費者の実質所得の向上、米の消費拡大、輸出の拡大につながる点で、現行の政策より利点が多いことは明らかです。この点は、二〇〇九年に当時の石破茂農相が示した米政策に関する試算でも裏付けられています。
食料価格の低下は、特に所得が低い世帯には朗報です。配付資料の十四ページを御覧ください。
これは、消費支出額に占める食料支出額の割合であるエンゲル係数について、二〇二二年の数値を十段階の年間収入階層別に示したものです。右側の軸に示した折れ線グラフを見ると、エンゲル係数は、最も所得の低い階層では三二なのに対して、最も所得の高い階層では二二と一〇ポイントもの差があります。つまり、食料価格の上昇は特にエンゲル係数の高い所得層に打撃となるため、価格転嫁が無条件に肯定されるわけではありません。
私が提案する相互矛盾の解消策は生産者への直接支払で、その仕組みは配付資料の十五ページのとおりです。
ここで右側の図を御覧いただきますと、相続税、法人税、所得税のような累進構造を持つ税を引き上げると高所得者の消費支出額が減少する一方で、それを財源とした生産者の直接支払を実施すると、さきに説明した仕組みで消費者の食料価格が低下し、消費支出額が減少します。つまり、図の白抜き部分の金額が高所得者から低所得者に移転し、それによって高所得者のエンゲル係数は上昇する一方で低所得者のエンゲル係数は低下するため、その意味で格差は縮小します。なお、最近の円高による空前の利益を踏まえると、輸出企業への課税も有望な財源と考えます。こうした政策によって価格形成をめぐる相互矛盾は解消します。
まず、消費者は、食料価格が低下し、特に低所得者が利益を受けます。また、生産者は、農業所得が上昇し、農業の収益性が改善します。さらに、直接支払は政府が価格に介入しないため、市場原理を損なうこともありません。市場で決定される価格が生産者にも消費者にも適当でない場合に、政府を介した納税者からの所得移転によって、市場原理を尊重しつつそれを補う政策ということになります。これまでの説明を要約したのが配付資料の十六ページです。
私は、食料安全保障と食料の価格形成について意見を述べましたが、改正案の問題点は、食料安全保障では生産基盤の新たな強化策が示されず、食料の価格形成では相互矛盾を放置してその解消策が示されていないことにあると考えています。
しかし、実際には、両者の解決策はリンクしています。つまり、累進課税を原資として生産者に対する本格的な直接支払を実施、導入すれば、生産者価格が上昇する一方で消費者価格は低下することから、生産者と消費者の実質的な所得が上昇し、生産基盤の強化と経済格差の是正を通じて、改正案の意味での食料安全保障が確保されます。換言すれば、直接支払は、食料安全保障と食料の価格形成に対する一挙両得の解決策だということです。こうした直接支払は世界標準の政策でありまして、その導入の検討を附則又は最低でも附帯決議に盛り込むべきと考えます。
最後に、食料・農業・農村政策審議会の関与について付言します。
現行法の第十四条に基づいて、食料、農業、農村の動向、講じられた施策、講じようとする施策が審議会での議論を経て国会に提出されてきました。しかし、第十六条に移動した改正案では審議会の関与は削除される一方で、基本計画を規定した第十七条第七項には食料安全保障の確保に関する事項の目標に関する達成状況の公表が追加されましたが、審議会の関与はありません。
この結果、基本法に基づく審議会の関与は五年ごとに作成される基本計画のみとなり、政策の透明性や説明責任の低下が懸念されます。私としては、こうした審議会の関与を削除する改正は極めて疑問を持っています。
私の意見陳述は以上です。御清聴ありがとうございました。