谷口信和の発言 (農林水産委員会)
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○参考人(谷口信和君) 今日は、報告の機会をいただき、ありがとうございます。
私は、改正基本法と食料供給困難事態対策法案、長過ぎですけれども、これの関連という視点から報告したいと思います。
二ページのところを御覧ください。
この図は、右の方の図は、二〇一五年の安倍政権当時の基本計画の説明文書、基本計画に付随した文書です。そこにあるものをそのまま載せたものですけれども、食料安全保障と食料自給率及び食料自給力の関係が示されております。これを見ると、食料安保というのは、改正前の基本法に基づきまして、左側の下の方に不測時における食料安全保障と、ここにだけ単語が出ている。もう皆さん御承知のとおりだと思います。そして、それを示す指標として、このときの基本計画で初めて食料自給力という概念が持ち出されて、従来の自給率では不足すると、これを強めることによって課題達成に近づこうという方向が示されたということです。
この図のおかしなところが一か所あります、根本的におかしなところ。左側の下の方をよく見てください。不測時における食料安全保障の茶色っぽい四角の括弧の中に総合的な食料安全保障の確立が入っています。ところが、総合的な安全保障には条文の箇所が示されておりません。ないからです。そして、上の方の食料の安定供給の確保、これが基本法第二条第二項になっていますけれども、これがいわゆる通常でいうところの平時の食料安全保障に当たるものであるというふうに認識して対応してきたというのが実態だろうというふうに思います。
実は、二〇一〇年の民主党政権時の基本計画のときに、この総合的な食料安全保障という概念が提起されて文章に導入されたということです。なぜ入ったかといえば、その直前の二〇〇八年が世界的な食料危機だったということに対応して何とかせにゃいかぬということで、食料安全保障というもので全体をカバーしなきゃいけないという問題意識であったわけです。しかし、その後、この方向は採用されずに、政権が替わっていろんなことがあり、今日に至ったということです。
この図に①から⑮までごちゃごちゃごちゃと丸で書いてありますけど、それは今回の改正基本法によって食料安全保障という箇所が広がっています。あちこちに食料安全保障という言葉がちりばめられている。これ自体はいいことです、いいことです。しかし、それがどの箇所に当たっているかということを前の図のまま落としてみたということです。
そうすると、一番上のアクセス①⑧と書いてありますが、これは第二条の食料安全保障の確保の一番最初の定義のところですね。良質な食料への国民一人一人のアクセスというような箇所から始まって、アクセスは①と⑧で書かれています。それから、合理的な価格については②と⑤と⑬で書かれています。⑬というのは、下の方の第二節食料安全保障の確保に関する施策の⑫、⑬番のところですね、食料の価格形成における食料云々かんぬんというものです。
その次、ずっと見ていくと、国内農業生産のことはありません。事実上ありません、事実上。前のままだから、変わっていないです。それから、備蓄、これもありません。そして、輸入のところ、⑨、⑩、⑪、⑮と、つまり食料安全保障を強化するために輸入のことをしっかり考えようという姿勢が如実に示されております。
結局、私が申し上げたいのは、第一点目、食料安全保障を考える上で、国内生産、国内農業生産、自給率という問題をおいておいて、備蓄をおいておいて語れますかということなんですね。語り切れない状態になっているんじゃないか。これはやっぱり最大の基本法改正の問題だというふうに思います。
食料安全保障を掲げたこと自体は立派なことです。それを全然否定しません。しかし、何か一番大事なところが抜け落ちているんではないかなと。そのことに今回の困難対策法案もどこか引きずられているということを私は言わざるを得ないと思います。
結局、食料アクセス、合理的価格形成、輸入、輸出のみの議論になっていて、自給率向上という一番大事なところがほとんどされないまま事態が推移しているというのが問題だと思います。
次の三ページでありますけれども、三ページのところで書いたのは、その全体的な特徴をごく簡単に整理しました。結局、①二本立ての食料安全保障という形になっていたものを、二本立ての、食料安全保障になりました。というのは、かつては括弧付き、薄い括弧で書いていますが、平時の食料安定供給の確保と不測時のやつを今回まとめて安全保障と書いたために、平時の食料安全保障という言葉がなくなりました。つまり、食料安全保障一般になりました。そして、条文上は、後で述べますけど、二十四条のところで不測時における措置という単語が入って、ここも、不測時の食料安全保障、安全保障、落としました。全体が食料安全保障だからという趣旨です。それプラス困難対策法になっていますけれども、その結果、平時の食料安全保障という概念が事実上ふっと消えちゃったんですね、一般の中に流し込まれて。つまり、安全保障というのは、基本は平時の問題なんだと、食料に関しては。それが、やっぱり大事なところがちょっと落ちちゃったんじゃないかなというのが私の意見です。
二番目に、結局、輸出の問題です。これ重視しています。これも否定はしません。しかし、輸出言う前に国内生産でしょうというのが私の意見です。というのは、どこが倒錯かというと、輸出能力を持っていれば、輸出している分をやめて、国内生産の代わりに、国内生産していますから、それを輸出の代わりに国内の不足している分に充てれば足らない分が補えるんじゃないかという発想なんですね。
つまり、輸出をやめてということになると、相手の輸入国はどうなるんだ。実は、日本は、WTOで一貫して主張してきたことは、食料輸入国の立場として、輸出国が緊急事態のときに輸出禁止という措置をとることはおかしいと、それでは輸入国は困るじゃないかと、そういう片務的な関係では国際関係はうまくいかないよということで輸出禁止を否定したわけですね。今回のやろうとしていることは、大変になったときには日本も輸出禁止にしましょうということなんですね。そうすると、WTO上の外交対応というものがバッティングしてしまう。こういうダブルスタンダードの意見を国際関係の中で言うということはまずいんじゃないかなと思います。
三番目、そして、これは国内農業生産、備蓄に対してじゃないんですけれども、一番ポイントになっていることは、このこと以上に大事なのは、誰が担うかというと、国民が入っていないんですね、ほとんど。業者だけの話なんです。生産者から最後の消費者に行く直前までの加工業者や流通業者もある、あらゆる業者の話です。しかし、食料安全保障がスイスで議論されたときに、国民の問題なんですね、スイスでは。国民が、みんながどれだけ備蓄をちゃんと持つかということも含めて考えられているんであって、業者さん、持っていてくださいねと、いざというときに買えばいいですか、それではないでしょうと。これは国防の問題も同じですよね。国民全体が日本の国を守るという意識に立つかどうかということを抜きにして、自衛隊に任せておけばいいと。そうではないと思うんですよね。同じことなんです、食料の問題も。国民一人一人が、じゃ、自分のうちでは日常的にどのぐらいちゃんと備蓄を持っておく必要があるのかないのか、どういうものを持たなきゃいけないのか、こういうことを考えることが大事だと。そういう問題提起が著しく不足している。つまり、業者問題になっていて国民の問題になっていない。
つまり、農業問題、食料問題というのは、実は業者の問題ではなくて消費者と国民の問題なんですね。この大事なことが基本法において十分に訴えかけられていないというところに問題があると思います。
そして、実は農業生産の担い手に関してはほとんど変化がなくて、余り議論されなかった、先ほど触れていませんよね。実は、この前の二〇二〇年の基本法、ごめんなさい、基本計画のときに、従来の効率的で安定的な経営体に加えて、その他の多様な農業者というのが入りました。入ったことはいいんですけど、私はそのときも批判しました。入ったけど、やりますか、本当にそれを農水省は実践しますか。実は、それから今四年たっています。四年たった去年から今年の議論のときに、再び効率的、安定的でない経営体をどう考えるんですかと議論しているんですよ。今、議論ではなくて実践されたかどうかを問わなきゃいけないときに、入れるか入れないかの議論をしているんです。
つまり、文言として幾ら入っても、やるという気がなければ全く絵空事になってしまっているという現実が僕はあるんだろうと。これは現場の農業者が一番見ていることです。まあ所詮そういったって、俺らの味方になってくれないのだなという諦め、絶望に似たような気持ちが蔓延していると思います。これが一番まずいというふうに私は思っております。
ですから、この点で、今度の基本計画でもそうですし、今回のこの後の対策法案でもそうですけれども、こういう多様な農業生産の担い手に対してどの辺まで視野、視線ですね、目を配っているかということがあるかないかが大事だということです。
で、逐条的な指摘、四ページになりますけれども、これ一個一個細かいこと言うと切りがありませんので、二十四条のところだけちょっともう一回触れます。
これは、基本法の方で議論しておいた上で対策法案ができているということを考えなきゃいけないということです。ここでは、不測の事態が発生するおそれが認められたときからいろんな対策を図りましょうと、おそれが認められたとき。そして、これが食料供給困難事態対策法案制定の根拠付けになっています。
その上で何が書いてあるかというと、ほとんど主要な内容は、ポイントが基本法自体に書かれています、改正基本法に書かれています。その点で重要な点は、説明文書であったんですけれども、異常気象の兆候を捉えることで供給不足を事前に予測可能だと書いてあったんですね。うそでしょうと、誰ができますかと、私の意見です。できません、できていません、現実問題として。なぜならば、これ後で言います。ちょっと飛ばしますね、一回。
六ページ行ってください。今のことは、七ページですか、ごめんなさい、七ページですね、七ページで、不測の事態が予測可能性というパラドックスが現行の法案の問題だというふうに申し上げたいんですが、どういうことかというと、下の方の図を見てほしいんですが、左から三番目の図です。これ、BBCが出した図を翻訳したものをコピーしただけ、五月十日、もうつい最近の図です。現在の気候危機は、①、②、③に書いたように、世界と日本の二〇二三年の気温が過去最高になっていると、去年が過去最高。それから、CO2濃度、これも過去最高なんですね。
で、この左から二番目の図は、実はCO2濃度を日本でも三か所測っていて、大船渡にある綾里というところと、与那国島と、それから南鳥島です。この三か所の図が、これ見えないですけど、三本の線が真ん中の黄色いところにあるんですけど、並んでいるんですけれども、陸上から遠いところほどCO2濃度低いんですね。南鳥島が一番低い、そして次に高いのが与那国、そして綾里は高い。
つまり、人間の活動に近いところはCO2濃度が高い。空気ですから、その上だけに空気があるわけじゃないんですよ。動いているんですから。にもかかわらず、人が住んでいる、経済活動が行われている場所はやっぱり高いということが如実にその島との距離関係でもって示されちゃう。
そういう状況の下で、③番、海水温は、海面水温は、二〇二三年五月四日から過去最高値を更新し続けている。これ、すごく重要な点で、初めて、私もこれ、ここまで明確な図を見たのは初めてです。
何かというと、この図は、一月から十二月までの毎月の気温を、気温、平均気温ですね、これをプロットしたものです。そして、この下の方にある灰色のぼやぼやぼやっとしたものが、毎年違う年がだあっと並んでいます。ところが、この赤い線で書いてある、これが、二〇二三年と上の方にある二〇二四年、今ですね、今年、これだけが飛び出しています、上に。つまり、どの年とも異なって、去年から今年にかけて違う。しかも、ここに書いてあるように、五月四日、去年の五月四日からは、一切過去のところに交わらない、はるかに上の状態がずうっと続いています。ここまで来ているということは大変なことになるという予兆、僕はあったと思います。ですから、今年の冬から春、夏にかけて物すごいですよね。
私、実は、余り細かく言いませんけれども、那須塩原市というところで牧場のコンサルというか、仕事をずっとしていて、八年になるんですけれども、やはり、気温ずうっと調べてきて、やっぱり去年、今年は異常です。今年の牧草の作は、実は五月のときに一番草を取るんですけれども、七月の段階でした。つまり、二番草を取って終わっちゃう段階のときがもう五月に生じた。あり得ないです。去年の九月、十月、播種しているんですけれども、異常です。そして、何が起きたかというと、はやて、なかて、おくてといって、牧草ってそういう順番があります。これ、全部同じになっちゃった。まいた時期違うんだけれども、取る時期一緒、みんなもう最高になっちゃった。これは尋常じゃないんです。それで、私は、今年の夏はまた大変なこと起きるから、とにかく暑熱対策取ろうと去年からずっと言ってきてはいたんですけれども、もうこの三月、四月、五月、毎月一回ずつ行くんですが、対策を取ろうということでまた議論したばかりです。
こういうことがあるとすると、今、対策法案によると、もう本部つくる段階ですか、そういうことを聞きたいんですよ。つまり、こういうリアリティーがないか、あるかという問題なんです。ということは、逆に言うと、分からないんだから平時の問題をもっとしっかりやりなさいという単純なことなんですよ。無理なんですよ、幾ら予測ばかりやっても。そのときの対応を取ることはすごく大事ですけど、それ以前の問題を抜きにして、そこをいかに精緻にやってみても、残念ながら無理ではないか。
まして戦争の話、全く我々は予知していません。十月七日のことを予知した日本の社会科学者、国際政治学者、何人いたでしょうか。そして、ここで終わるという話も、一年以内に終わる、ウクライナ戦争、二年、三年、十年、もう分からなくなっています。こういうことがずっと続いているのに、そういうことは予知可能だみたいなですね。予知することは反対じゃないんですよ。しかし、可能だということよりも、できないという想定に基づいて、いかにふだんからしっかりやるかということに力を注ぐことが大事かというのが私の基本的な見方です。
以下、たくさん述べてありますけれども、もうあちこちで皆さんが言っていることと重なっていますので省略します。とにかく、平時と不測時の関係では、五ページに戻っていただくと、とにかく平時が大事だということです。日本について言えば、仮に、仮に海外からの輸入途絶があって、輸入途絶があって、国内生産は全く普通というふうになったとしても、在庫と備蓄を合わせて穀物については五か月分しかないんですね。ところが、アメリカの場合には、輸出していますから、しかも輸出していながら在庫持っているんですね。ですから、この部分をやめるだけで一年間ずうっと食えるんです。まして平常作でいけば、余っちゃうんですよ、そもそも。そういう国が一方であるのに、日本は全然違うところに行って、問題じゃないかなと思います。
中国のことについては、非常に熱心にやっているということは、先ほど柴田さんのお話のとおりだと思います。日本はもうちょっと学んだ方がいいかなと思います。
そして、最後、ちょっと簡単に触れて終わりにします。
十三ページ。まず一番目に、三のところですね、特定食料、特定資材の範囲、これがはっきり言って狭いと思います。なぜ狭いか。九三年の平成の米騒動の経験が踏まえられていません。お米が足りないからタイ米を輸入した、しかし、庶民はタイ米を食べないで、うどん、そば、ラーメン、小麦製品食べちゃったんです。つまり、今の食生活を前提にしてやらなきゃいけないのに、ただ芋だ何だという話ばっかりしてもリアリティーがないんです。そういう議論をすればするほど国民は、まあどこかでやっていますねという、自分の問題にならないんですね。自分の問題として捉えようとしなきゃいけないなというのが私の意見です。
それから、需給状況の報告徴収等々について、衆議院でも、参議院、こちらからもそうだと思いますが、懲罰の規定ですね、様々な義務に対しての懲罰規定が全部載っています。それも非常に重要だと思うんですが、それ以前に、実は、効率的な、安定的な経営体ということを一方で言っておきながら、どの範囲まで広げるかということをですね、このこちら側の多様な生産者について位置付けしないまま、曖昧なまま、呼びかける相手をはっきりしないままでできるんですかと。つまり、そこのところを、基本法の本体とこちらの困難法案、整合性取っていくことはすごく大事だと。そうしないと、おかしくなっちゃう、実現できないんじゃないかと思います。
そして、最後のところです。のうてんきな……