池上甲一の発言 (農林水産委員会)

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○参考人(池上甲一君) ただいま御紹介いただきました池上甲一でございます。
 近畿大学名誉教授で、私は、NPO法人の西日本アグロエコロジー協会の共同代表、それから任意団体の家族農林漁業プラットフォーム・ジャパンの常務理事を務めております。今日は、こういう機会をいただきまして、大変有り難く思っております。
 お手元の資料、文書の資料に基づきまして説明をしていきたいと思います。
 まず、食料供給困難事態対策法案についてでございます。
 基本法の改定、基本法は成立いたしましたが、いろんな問題もありますが、評価すべき点もあるというふうに思っておりますけれども、この困難対策法案については極めて問題が大きいというふうに考えております。
 本法案の提出理由では、米穀、小麦、大豆の国民の食生活上重要な食料の供給が大幅に不足し、又は不足するおそれが高い事態に対応するためと記しています。また、本法案第一条は、世界の食料の需給及び貿易が不安定な状況になっていることを認めています。この点につきましては、既に柴田さんですね、柴田参考人、それから一番最初の寺川参考人も触れておりますように、今や常識化していると言っていいと思います。とすれば、最優先されるべき食料政策というのは、谷口参考人も申し上げましたように、国内生産の維持、増強だということは論をまたないというふうに思います。この観点から判断すれば、本法案の必要性は極めて低いというふうに言わざるを得ないというふうに考えています。
 それに加えて、本法案には幾つもの致命的な欠陥が存在しています。逐一述べていくことはできませんので、ここでは最も重要な点に絞って述べたいと思います。
 最大の懸念は、日本国憲法第二十二条に規定されている職業選択の自由、その中に含まれるというふうに理解されている営業の自由ですね、これを侵害するおそれが極めて高いということでございます。
 皆さん方は、委員の皆様方におかれましては、今オンライン上で本法案の廃棄を求めるオンライン署名が展開、広がっていることを御存じでございましょうか。これは、農民自身がその廃案を求めているというところにこの本法案の最大の特徴が表れているというふうに考えております。
 この方は、このオンライン署名を展開、提案された方は、八年前に脱サラをして中山間地域にIターンした新規就農者の方です。この方、ユズを植えて六年たちました。今年ようやく収穫期を迎えたようですね。本法案が仮に成立して発動されたということになると、こういう方たちの努力、継続的な努力が無に帰すことになる、そういう危険性を持っております。というのは、食料供給が困難になったと政府が判断すれば、稲、麦、芋類のいわゆる特定重要作物ですかね、そちらへの転換を実質的に強制されかねないからであります。
 条文上は、出荷、販売の調整の要請、出荷販売計画の作成指示、出荷販売計画の変更指示というふうにお願いしたり指示したりする体裁を取っています。農水省の事前の説明でも、そういうお願いをするんだということを強調しておりました。しかし、計画どおりに出荷、販売する法的義務が定められており、その義務に従わないと、氏名の公表と罰金刑がペナルティーとして科されてしまいます。営業の自由を貫くと前科が付いてしまうということになりかねないわけですね。この問題は、さらに、日本の、日本社会の特質を考えると、非常に深刻な問題も内包していると思います。それは、コロナ禍の下で営業自主規制が要請されたときに、営業を続けた飲食店が非国民というふうな形でそしられたことも念頭に置く必要があるというふうに考えています。
 こうした一連の流れは、農民の営業の自由を著しく損なうおそれが高い。花卉作や果樹作、畜産の飼料作など、非食料作物の部門は専業農家が多く、日本農業の中核を担っています。ところが、外国の干ばつ、熱波、洪水、動植物の病虫害、あるいは紛争、戦争など、これとても予測できないというのは谷口参考人が強調されたとおりでございますけれども、いつ発生してもおかしくない、そういう状況の下では、本法案による生産指示の発動におびえながら経営するということになりかねません。そうすると、経営の継続性だけでなく、将来を見通した計画的な農業投資や営農意欲に悪影響を与えるというおそれもあります。そのことは、直接的な営業の自由の侵害だけではなく、間接的にも営業の自由を阻むおそれがあるというふうに思います。
 さらに、本国会で成立した地方自治法の改正によって地方自治体に対する国の指示権が行使できるとされたことを踏まえると、食料の確保を前面に出す指示権運用の可能性ということも否定できないのではないかというふうに考えております、懸念しております。
 以上のような法的な枠組みを考慮すると、本法案は明治末から大正期にかけて行われたいわゆるサーベル農政というものを想起させます。サーベル農政とは、生産力を上げるために農事改良を進めるということで、そのために、従わない農民に対しては罰金あるいは警察官による取締りもするというふうな形での強圧的な農政のことであります。サーベル農政の持っている暴力性というものは、明治政府の反農民的性格を示すものであったというふうに指摘をされております。つまり、本法案について決定的に欠けているのは、農民の立場、農家の視点というものが欠けているということだというふうに考えております。
 本法案が想定している生産、流通、さらには消費、あるいは生産資材に至るまでの管理統制については、日本は戦前から戦後までの統制経済の歴史を持っています。それは大変息苦しい社会で、個人の自由がないがしろにされてきました。今改めて歴史に学ぶ重要性ということを強調したいというふうに思います。
 次に、二番目に、農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律案について説明したいと思います。
 目下の日本にとって、社会経済政策にとっても国土政策にとっても、また防衛上の安全保障政策にとっても、農村に人を残すことが最大の課題であるというふうに考えております。国民国家として優先すべき課題が食料の提供であることを考慮すれば、農業に人を残すということも必須です。つまり、農業、農村に人を残すことが喫緊の課題だというふうに言えるかと思います。
 それなのに、本法案は、今後二十年間で基幹的農業就業人口が百十六万人から三十万人に減るという予測を前提として、少人数に対応した高生産性農業を標榜しています。生産性が高い農業そのものに問題があるというわけではありませんけれども、その結果、農村はごく少数の農家しか住まなくなる。で、地域社会の弱体化がもたらされてしまう。そうすると、その農村を、いろんな形で重要な役割を持っている農村の弱体化に貢献する法案であるというふうに言わざるを得ないと思います。本法案は基本的に人減らし法案だというふうに極論することもできるかもしれません。
 問題は、スマート農業が農業従事者の育成、確保や重労働の軽減といった農村、農業の要望に応えるのではなく、生産性向上の名目の下に人手不足を更に促し、コスト競争力を強化しようという狙いそのものにあるというふうに思います。ここでの生産性の向上とは、要するに作業時間の節減ですね。これは、企業経営であったら当然労賃の節約につながるわけですけれども、農家にとってみれば、労働時間が減ったらその分だけ労働報酬が減ってしまうわけですね。だから、決して農家にとってはプラスになるとは限らないという面もあります。本法案は、大多数の中小・家族経営ではなく、ごく少数の大規模企業農業を対象に考えているというふうに言わざるを得ないと思います。
 しかも、本法案第四条によりますと、生産方式革新事業活動を行う農業者等及び開発供給事業を行う者に対して集中的かつ効果的に支援を行うと、大規模企業農業と開発事業者を優先する方針が明記されています。その大規模農業も、そのスマート農業技術というのはこの開発事業者から提供されるわけですから、本法案は、半分以上がスマート農業技術を開発する機械メーカーや情報企業、あるいはドローン作業などの請負業界を支援する法案だというふうに位置付けることもできるかと思います。つまり、開発ベンダー支援法なのではないかというふうに考えております。
 このことは、みどりの食料システム戦略の予算配分を参照すれば一目瞭然になるかと思います。このみどり戦略のための予算枠として、二〇二四年度には技術開発・実証事業に六十八億円充てましたが、有機農業の推進に関わるみどり戦略推進総合対策はその半分の三十億円にしかすぎませんでした。ここの点に明確に見られるように、恐らくこのスマート農業法案の予算の大半はベンダー企業に流れるということになるというふうに懸念されます。
 本法案が開発ベンダー支援法としての性格を持つため、農民の意思が技術開発に反映されず、農民は単なる利用者にとどまってしまっています。だから、スマート農業技術がブラックボックスになってしまうわけですね。スマート農業技術が農民を技術開発から排除していくメカニズムが生まれます。そうした性格を持つ本法案の下で、果たしてスマート農業技術が農民の要望に応えるとともに農法を変革する契機になるか、大変疑問に思います。
 ちなみに、二〇一三年頃だったと思いますが、農水省自身が組織した研究会の報告書では、作業時間の節減のほかにも、労働強度の軽減とか消費者や実需者をつなぐユビキタスといったような点が、五つの分野が盛り込まれていました。本法案では、この労働強度の軽減というのは一か所しか出てきておりません。したがって、こういうこの当時の研究会の方向が一体どこに行ってしまったのかということについても疑問には思います。
 それからもう一つ、最後の方になりますが、大変重要な点として指摘しておきたいのは、農民から提供されるデータの取扱いでございます。
 本法案は、これについて何も規定していません。企業による農業経営向け情報サービスが進んでいるアメリカでは、情報を提供する農家が農地の情報利用について主導権を持つことを保障する必要があるというふうにアメリカ農業連合会は主張しています。本法案が成立すると、営農に関する様々な情報が、取扱いについての規制なしに情報サービス企業や国、都道府県の研究所に蓄積されていき、これらの情報が自由に使われる危険性が高まります。今必要なのは、情報主権の考え方を導入し、農民の関与をきちんと保障する仕組みを構築することだというふうに考えております。
 最後に、やや文学的な表現になりますけれども、工学的なスマート農業技術によって農民は本当に幸せになれるのかという疑問が残ります。それは、農業労働の性格を基本的に転換させてしまうからであります。ドローン利用の水管理システムは確かに効率性は上げれますが、水田の周りを歩いて、稲の様子を見ながら涼しい風に身を委ねたり、アキアカネの群れに感動したり、畦畔の野草の花に感動したりすることがなくなってしまいます。スマート農業技術は、こうした農業労働の全体性を失わせることになるだろうというふうに私は懸念しております。
 三番目のいわゆる農地法関連法については、阿賀野の農業委員会の方も御説明をされました。時間の制約上、ここでは意見陳述を省略させていただきます。
 以上でございます。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 池上甲一

speaker_id: 31666

日付: 2024-06-06

院: 参議院

会議名: 農林水産委員会