松村祥史の発言 (予算委員会)
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○国務大臣(松村祥史君) まず、宮本議員におかれましては、被災地石川県選出の議員であられますし、発災当日から今日まで本当に地元で御尽力いただいていることに感謝を申し上げたいと思います。また、日頃から親しくさせていただいている関係でございますので、緊密に連携を取らせていただき、地元の機微な情報をたくさん上げていただいていることに感謝を申し上げたいと思います。
その上で、今般の地震の特徴ということでございますが、総理からも総括したお話がございました。発災直後、十六時十分に発災をいたしましたが、私も十六時三十七分には官邸に到着をし、対策に努めてまいりました。その間、最初の三十分で、映像を見る限り、これは困難を極めるんではないかなと、熊本地震とはちょっと違うなという感覚を持っておりました。
二か月たって改めて見てみますと、やはり半島という地理的制約があったこと、それから、寒い、寒さの厳しい厳冬期であったこと、また高齢者の方が非常に多い地域であったこと、もう一つ申し上げるとすれば、支援者で大変頑張っていただく方々が被災をなさって、やはりマンパワーが不足してしまったこと、こういった特徴があるんだろうと思っております。
そんな中で、津波や土砂災害、土砂崩壊によります道路の寸断、このことによります集落の孤立、いろんな状況が発生したと思っております。
発災当初、古賀副大臣を本部長といたします現地対策本部を一日の十一時過ぎには立ち上げまして、その対策に当たってきたところでもございます。発災、最初の初動の三日間というのはやはり人命優先でございますので、ありとあらゆる形で消防、警察、自衛隊の皆さん方が、また国交省のテックフォースの皆さん方があらゆる手段を使って現地に入っていただき、人命救助に当たっていただきました。感謝の思いしかございません。そんな対応をやってきたところでございます。
また、私自身も一日の日に馳知事と官邸でお会いすることができました。大学の先輩でもございまして、平素から親しくさせていただいている間柄でもございますが、このときに、僅か二十分、三十分の間でしたが、最初の三日間、そして一週間、十日、一か月、三か月、半年、一年、熊本地震はこうでありましたというような経験のお話をさせていただきまして、とにかくまず三日間しっかりと対応いたしましょうと打合せができたことは非常に大きかったかなと思っております。
あわせて、宮本議員にもお電話をさせていただきまして、これ熊本地震の経験からですが、どうしても政治家というのは、自分の身の回りの方々からお電話をいただくと、県庁に尋ねて電話をしたくなります。そうなりますと、最初の三日間は人命最優先でございますので、大変なその県庁が混乱を起こしてしまいますし、必要な人命救助に違う時間が割かれてしまうと、是非与野党協力をしていただいて情報の一元化を図っていただけませんかとお願いいたしましたところ、いろんな御尽力をいただいたことにも感謝をいたします。三日間の対応ができたものと思っております。
引き続き、まだまだ避難生活をなさっていらっしゃる方々が多数いらっしゃいますので、災害関連死を防ぐということを最重要課題に置きながら、引き続き復旧復興頑張ってまいりたいと思っております。