石垣雅敏の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)

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○石垣参考人 おはようございます。
 根室管内一市四町で構成をいたします北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会の会長を務めております、根室市長の石垣であります。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会の皆様の御高配を賜りまして、意見陳述の機会をいただきましたこと、御礼を申し上げます。
 また、皆様には、日頃より北方領土返還運動原点の地域であるこの根室管内に熱い目を向けていただき、万端にわたっての御支援、御指導を賜っておりますことにも、心から敬意と感謝を申し上げます。
 また、昨年の七月四日には、北方領土問題に関する実情調査として、九名の委員皆様が現地に入り、視察そして懇談の場を実施をしていただきました。また、十二月一日の、これは安藤石典が初めて北方領土の陳情書を書き上げた日でありますが、東京での北方領土返還要求中央アピール行動でも多くの委員皆様の御出席を賜り、加えて、先月十二日に、五年ぶりに実施をされました北方領土返還促進に関する全国請願でも御対応いただきましたことにも、改めて感謝、御礼を申し上げる次第であります。
 貴重な機会でありますので、早速、北方領土問題に関する現地の実情等について述べさせていただきます。
 根室市を始めとする根室管内一市四町、北方領土隣接地域でありますが、この隣接地域という概念は、昭和五十八年の四月一日施行の北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律、いわゆる北特法の制定時に定義をされたものでありまして、北特法の二条に、定義として、まず、北方地域を歯舞、色丹、国後、択捉とする、また、隣接地域を根室市、別海町、中標津町、標津町、羅臼町とするものであります。
 そして、終戦当時は、根室町、歯舞村、和田村、これが根室半島でありまして、一町二村、後の合併で根室市となりますが、まず歯舞群島を行政区に持つ歯舞村、そして千島経済の中心であった根室町は、一時は、函館県、札幌県、そして根室県と、県庁所在地でもありました。
 終戦当時は、根室町、歯舞村、和田村から成る根室半島、一町二村でありますけれども、漁業、水産業を中心に、北方領土と一体となった社会経済圏、生活経済圏を形成をし、互いに支え合う親子の関係として密接なつながりを持って発展を続けてきた地域でありまして、北の島々の物流及び人的交流の拠点、玄関口として、その役割を担っておりました。
 しかし、昭和二十年八月の終戦直後、北方領土が旧ソ連邦によって一方的に占拠をされ、以来、隣接地域と北方領土との間には越えることのできない境界がつくられてしまいました。つながりが強制的に断絶されたことに伴い、元島民のふるさとである領土はもちろん、私たちの生活基盤であった海域までもが奪われ、特に、島民の三割、約五千三百人が住んでいた、これは歯舞群島でありますけれども、根室市の行政区域として引き裂かれたままの状況から、町の発展が非常に阻害をされているという現状であります。
 現在の隣接地域と北方領土の間には、決して国境とは呼びませんけれども、北方領土がロシアに実効支配されたというその現実から、中間ラインという見えない壁が横たわっております。
 そして、領土問題が未解決のまま八十回目の夏を迎えることとなっております。現在もなお、その壁によって漁業水域は大幅に狭められ、狭隘な漁場における水産資源は枯渇し、さらに、拿捕、銃撃事件がいつ発生してもおかしくない、そんな緊迫した状況に置かれたままであります。
 さらに、ロシアによるウクライナ侵攻に伴って日ロ漁業は不透明さを増し、中でも、令和五年以降、北方四島周辺海域における安全操業については、ロシア側が政府間協議に応じない姿勢を示し、現在も操業の見通しが立っていない状況にあるなど、この隣接地域は、日ロ間のあつれきの痛みが直接来る、そんな地域であります。
 例でありますけれども、二〇一四年のクリミア半島に侵攻のときでありますけれども、これは、二〇〇〇年代からずっとカムチャツカから出されていたロシア二百海里の流し網禁止法案、ロシア国会、ずっと否決されておりましたけれども、二〇一五年に全会一致で通ってしまいました。結果、長年にわたってサケ・マス基地である根室市の影響は、関連産業を入れて毎年二百億円が損失であり、基幹産業である漁業、水産業の衰退に起因する関連産業の縮減、さらには人口減少といった悪循環が続いているところであります。
 終戦当時、北方領土で生活をしておりました一万七千二百九十一人の島民は、旧ソ連軍による不法占拠によって、全員が、先ほど松本理事長のお話がありましたけれども、先祖の墓、そして一切の財産を残したまま、ふるさとの島から強制的に追われました。
 その多くが、一日も早く島に戻れることを信じて、北方領土を目前に望む根室管内に居住し、生活を続けているところでありますが、戦後八十年を迎えたその歳月は非常に残酷でありまして、お話しのように、七割以上が亡くなり、また、平均年齢も九十歳になるという現状であり、一日も早い北方領土の復帰が求められているところであります。
 東西冷戦が解け、ゴルバチョフ大統領の来日から特別な枠組みとして実施をされてきた北方四島交流事業も、令和二年からのコロナ禍の影響による中止に続いて、ウクライナ侵攻に起因するロシア側からの北方四島交流事業及び自由訪問に対する合意効力の停止などによって本年も実施の見通しが立たず、特に、昭和三十九年、あの東西冷戦構造の中でできた、人道的な立場からできた北方墓参までもが実現できない、そういう状況であります。
 このため、本年も来月二十日より「えとぴりか」による北方領土洋上慰霊が実施される、そんな運びになりましたけれども、元島民の皆さんからは、生きているうちにもうふるさとの地を踏めないのではないか、そんな切実な声も聞かれるところであります。
 高齢化の著しい元島民の切なる願いに応えるため、何よりも、人道的見地からも北方墓参の早期再開を最優先に外交交渉を推し進めていただくよう強くお願いを申し上げます。
 冒頭にも説明申し上げましたが、隣接地域は北方領土問題の長期化に起因して大きな影響を被り続けている地域であります。
 終戦後、北方領土を失った根室は、沖取りと言われる北洋の海に活路を求めて頑張ってまいりましたが、昭和五十二年の国連海洋法によるいわゆる二百海里漁業専管水域が極めて大きい打撃であり、領土喪失を北洋の海で何とか補おうとしてきたことが、実は三十年後に閉ざされたわけであります。
 そして、このことから当時の寺島市長が全ての党派に陳情活動を展開をいたしまして、結果、昭和五十五年、当時の小沢貞孝委員長、本沖北委員会の委員長でありますけれども、この委員会で特別措置法の成立に向け御尽力をいただきました。その中で、一市町村への単独の特別立法は、古墳の保護のため奈良県明日香村への指定があるのみで、希有なことから、根室管内を受皿にして地域指定を目指すとして北方領土隣接地域の概念が生まれ、昭和五十七年、北方領土問題等の解決の促進のための特別措置法、いわゆる北特法が制定をされたところであります。
 以降、その北特法に基づき隣接地域の振興対策等を講じているところでありますが、その後、ビザなし交流の始まり、それから低金利の時代と共同経済活動の提案を立法事実として、二回の法改正が行われております。
 特に、北特法十条に規定をされる北方基金につきましては、運用益の漸減対策として、北特法の改正によって令和元年度から基金の取崩しが可能となったところであり、これにより北方基金補助金が増額となり、令和六年度では総額四億七千万円程度となったところでありますが、近年の物価高ですとか、隣接地域が求める十分な財源対策にはなっていないところであります。
 北方領土問題が今なお未解決であることに起因して隣接地域が置かれている特殊な事情に鑑み、隣接地域の振興及び住民の生活の安定に資するという、いわゆる北特法の目的を踏まえ、内政措置の充実強化とともに、取崩しによる北方基金の枯渇を見据えた新たな交付金について、具体的な検討を早急に進めるべきと考えております。また、現在の日ロ間の現状は、その北特法改正の三回目の立法事実にもなるのではないかと考えております。
 内閣府北方対策本部の令和七年度予算におきまして、隣接地域における地域一体となった啓発促進策についての調査研究費として四千万円が計上されたところであります。去る四月三十日に第一回目の有識者会議が開催されたところであります。
 今日、日ロ関係は極めて厳しい状況にあり、また、ビザなし交流等も停止が続く中、先ほどありましたように、報道に出ないことによって全国民の関心が薄れてしまう、そのことを第一に懸念をしております。
 その対策のためにも、返還運動の拠点ともなる啓発施設の整備促進を始め、地域振興を含めた北方領土隣接地域のグランドデザインの策定など、国策による重点的な振興対策の推進について改めて特段の御理解をお願いするところであります。
 言うまでもなく、北方領土問題は外交問題であり、それは日ロ両国の政治対話によって解決されるものでありますけれども、北方領土問題の長期化によって望ましい地域社会の発展が阻害され続けている隣接地域の様々な課題、そして、ウクライナ戦争に起因し直接的な影響を受けている元島民や根室地域の痛みは、外交がかなわない現状にある中、積極的な内政措置で対応されるべきだと考えます。
 国には、北方領土問題の解決に向けた平和条約交渉の再開に最大限努めていただくとともに、委員皆様には、北方領土問題の長期化によって隣接地域が被っている地域疲弊の現状、さらに元島民が置かれている現状について更なる御理解を賜り、北特法の改正を含め、当初の理念に基づいた施策の展開について格別なる御支援を賜りますことをお願いする次第であります。
 戦後八十年が経過しようとしている中で、元島民を始めとする私たち隣接地域の住民は、北方領土問題の解決なくして戦後はないとも考えております。経済的にも社会的にも、北方領土問題が解決して初めて正常になる、まさに北方領土問題の具体的な進展いかんによっては町の将来の姿が大きく左右されるという宿命の地域でもあります。
 私たちは、北方領土問題の早期解決を願いながら、政府の外交交渉を後押しする立場で、いかなる困難にあろうとも、北方領土返還要求運動の原点の地の責務として、昭和二十年当時の、私の十代前になりますが、根室町長安藤石典が、町の八割が焼けた中、御自分の家も焼けて仮住まいの中で、冬に自ら書き上げたマッカーサー元帥宛ての陳情書、北方領土返還要求運動ののろしを上げたその志をしっかりと受け継ぎ、島返るその日まで全国の先頭に立って返還運動に邁進すること、その決意であります。
 どうか、委員皆様には、国内外の喚起、特に学校教育における北方領土学習の強化、そして後継者の育成に御尽力いただきますとともに、日ロ間の交流が止まった今でありますけれども、私は、やまない雨はないし、明けない夜はないとも信じております。交流再開のときには、玄関口である隣接地域が向こうから見て光っていなくては、そして、ああ、やはり自由と民主主義はいいな、羨ましいなと思われる地域でなくては、私は領土問題の解決はないとも思っております。隣接地域の振興対策の充実強化について、より一層の御高配を賜りたくお願いを申し上げます。
 皆様には、今後とも変わらぬ御指導、御支援を賜りますことをお願いを申し上げまして、意見陳述とさせていただきます。
 ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 石垣雅敏

speaker_id: 19765

日付: 2025-06-13

院: 衆議院

会議名: 沖縄及び北方問題に関する特別委員会