石垣雅敏の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)
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○石垣参考人 御質問ありがとうございます。
北方墓参につきましては、まずは歴史をひもとけば、北方墓参は昭和三十九年であります。そして、その前々年、昭和三十七年の十月がいわゆるキューバ危機であります。多少のデタントはあったものの、東西冷戦構造の中であっても、また電話も電報も自由ではない、そんな時代の中でも、時の政府も政治もまた各団体も、本当に針の小さな穴を通すようなそんな思いで実現した墓参でありますし、また、当時はソ連共産党と結んだ墓参であります。そんな意味から、是非とも、今電話も電報も自由でありますし、何とか人道的見地から再開してほしい、今理事長お話しのように、まずこれは私どもの一番の願いであります。
そんな意味で、今洋上慰霊をやっておりますけれども、去年から一泊のシステムを取り入れまして、その中で、皆さんの交流、また北方領土について学習し直ししようという流れもあります。そんなこともしっかり、皆さん、墓参というのは一世、二世、三世、一緒に行きますので、そういうときの伝達という意味でも非常に意義がありますので、洋上慰霊の機会を更に深めていただければと思っております。
以上であります。