阿部圭史の発言 (憲法審査会)
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○阿部(圭)委員 日本維新の会の阿部圭史です。
憲法九条をめぐる問題には、二つの乖離がございます。一つは安全保障環境との乖離、もう一つは国際法環境との乖離です。
まずは、憲法九条と安全保障環境との乖離について。
本年は戦後八十年。我が国を取り巻く極東の安全保障環境は分岐点を迎えようとしています。我が国は、力による現状変更をいとわない核保有国に囲まれ、周辺国による領海侵入及び領空侵犯が相次ぎ、我が国の抑止力の増強及び日米同盟の深化が喫緊の課題となっています。
一方、戦後八十年たってなお、沖縄を始めとする当時の占領地域はいまだに在日米軍基地として使用され、その約七〇%が沖縄に集中し、過度な負担が継続しています。米軍管制の横田空域も依然として残存しています。
日米同盟は、我が国の基地提供義務及び米国の日本防衛義務という物と人との協力であり、非対称的双務性を特徴としていますが、米国大統領が日米同盟のこの非対称的双務性について不満を表明し、相互防衛義務、すなわち対称的双務性という人と人との協力について触れていることは、同盟の安定性という観点から憂慮すべき点です。
極東地域を含むアジア太平洋における戦略環境は、米国を中心とするハブ・アンド・スポークス型の同盟ネットワークとして、戦後一貫して、同一陣営の勢力圏内にありました。それが、昨今は、地域の多様な安全保障協力が進展し、格子状の安全保障ネットワークへと深化しています。また、ICBM等の兵器体系、軍事技術の進化に加え、ドローンやサイバー等の非対称的な兵器体系の出現による安全保障環境の変化は著しいものがございます。
このような複雑化した安全保障環境下では、我が国は、自国の安全を自国のみでは守れません。我が国の有事には、他国の支援が必要です。それは他国も同様であり、極東の戦略的安定を図るためには、他国も我が国の支援を必要としています。
さらに、国連安保理常任理事国であるロシアがウクライナに対する侵略国となり、中国が台湾等に対して力による現状変更を企図しているという状況は、国連憲章一条、四十一条、四十二条等の定める国連の集団安全保障体制が機能し得ないことの証左です。その場合、国連憲章五十一条が定める個別的自衛権及び集団的自衛権しか依拠するものがないというのが、現実の安全保障環境です。
次に、憲法九条と国際法環境との乖離について。
パリ不戦条約及び国連憲章により、戦争、すなわち侵略戦争は違法化され、国際紛争解決のための及び政策の手段としての戦争は放棄され、武力不行使原則が定められています。日本国憲法九条一項は、まさにこの国際法の精神をそのまま記載したものであり、国際社会の現実に即しています。
一方、九条二項は大きく乖離しています。我が国の戦後の安全保障に関する憲法論議は、自衛権は国家の固有の権利であるという性質を脇に置き、九条二項の前段の「戦力」という文言の解釈をめぐる、必要最小限度論か芦田修正論かという神学論争に終始してきました。後段の「交戦権」は、戦争が違法化されている現代国際法の世界には既に存在し得ない概念であり、国内法的には確認規定にすぎないと言えると思います。
戦後直後の日本国憲法制定時、政府は、国体護持の代わりに、戦力不保持という解釈を採用。我が国の主権と独立の回復後は、「戦力」の解釈として、近代戦遂行能力説を採用し、警備隊と保安隊を合憲としました。
その後、一九五四年の自衛隊創設に際しては、近代戦遂行能力説から必要最小限度論に解釈を変更し、自衛隊は合憲となりました。その際の必要最小限度の判断基準としては、集団的自衛権違憲論を持ち出し、個別的自衛権の範囲であれば最小限度という、国際法環境の現実からは乖離した解釈を採用しました。
その後、六十年を経て、故安倍晋三総理は、二〇〇八年の第一次安保法制懇及び二〇一四年の第二次安保法制懇の報告書を受け、集団的自衛権の限定容認へと政府解釈を変更。これは大変な英断でございました。しかし、本来、二つの安保法制懇報告書は、芦田修正論の採用による集団的自衛権の全面容認を提言していました。一方、当時の安倍内閣は、芦田修正論を採用せず、あくまで踏襲した必要最小限度論の基準を少し押し広げ、存立危機事態にまで拡張したにすぎないとも言えます。
一方、芦田修正論を採用したとしても、それは、現在の九条二項の枠内での議論にすぎません。芦田修正論は、今の政府解釈たる必要最小限度論に対するアンチテーゼとしての存在にすぎず、九条二項を維持する限り、自衛隊が「戦力」に該当するか否かという不毛な議論が永続することに加えて、今度は、「前項の目的」とは何を指すのかという論争が続くことも想像されるのです。
戦後八十年を経て、我が国国内の状況、同盟国たる米国の状況及び極東の安全保障環境は変化しています。私は、我が国は、自立した国家としての歩みを進めつつ、抑止力の増強及び日米同盟の深化のため、その防衛構想及び同盟構想を新たな次元へと進めるときが到来していると考えます。
我が党は、党内議論を経て、憲法改正調査会において、次の五つの項目について決定いたしました。
一つ目、現在の九条二項の削除による集団的自衛権の全面容認。これは、必要最小限度論を脱却し、芦田修正論をも脱却するものです。
二つ目、国家の固有の権利たる自衛権の明記。
三つ目、我が国国防のための自衛隊を保持すること及び自衛官の地位を法律で定めることの明記。
四つ目、内閣総理大臣を最高指揮官とすること及び法律の定めにより国会の承認等の統制に服することの、文民統制に関する規定の明記。
五つ目、軍事裁判所の設置については、憲法七十六条二項の定めに従い、上告審を最高裁判所とする第一審及び控訴審を担う軍事裁判所を法律で定めること。
我が国日本は、自立した国家として、自らの足で立って日米同盟を支え、極東の戦略的安定を支え、世界の安全保障に貢献する、日本にはそのような覚悟が必要です。安全保障環境の変化に即応し、国民をどう守るか、我が国の平和と独立をどう守るかという現実主義、リアリズムに基づいた視座が不可欠です。日本の戦略的覚醒こそが令和の日本人の課題である、外交官である兼原信克氏のこの言葉をかりて、私の発言を終わります。
最後に、自民党におかれては、歴史的文書と述べた二〇一二年の憲法改正草案の趣旨をいま一度想起すべきときが来ているのではないかという質問をさせていただきます。
ありがとうございました。