三木圭恵の発言 (本会議)
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○三木圭恵君 日本維新の会の三木圭恵です。
私は、会派を代表して、日本学術会議法案について質問いたします。(拍手)
答弁は全て坂井国務大臣にお願いします。
本法案は、現在、国の機関となっている日本学術会議を、国から独立した法人としようとするものです。
設立から七十六年を経た今、その役割は国民から見えなくなっています。既に役割を終えたとの声も上がっており、廃止も含めた抜本的改革が必要となっています。
最近、唯一、国民の注目を集めたのは、令和二年に当時の菅総理が学術会議の推薦した新会員のうち六名を任命しなかった、いわゆる任命拒否問題でした。
この問題の本質は、現行法において総理の任命権が明記されているにもかかわらず、長年、その法の規定が無視されて慣例で運用されてきたことこそが問題だと考えますが、なぜ法を無視した慣例が続いてきたのか、認識を伺います。
政府は、任命拒否の理由について、人事に関することは答えないとの態度を繰り返すだけですが、これが問題を長期化させた大きな要因となっています。任命拒否が法に基づく政府の行為の結果である以上、国民に説明する責任があります。当時の政府の任命方針を大まかにでも明らかにすることを求めますが、明確な答弁をお願いします。
本法案を審議するに当たって、何のための学術会議かという根本が問われます。現行法では、学術会議は、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とすると定められています。近年、国民の生活において、科学的知見を必要とする課題が続発していますが、学術会議は役に立ったのかというのが多くの国民の率直な思いです。
例えば、新型コロナウイルスによるパンデミックの発生です。このとき、科学的に信頼できる情報があれば、多くの国民は心強く思ったでしょう。コロナ禍において、国民が求めていた正確な科学的知見を学術会議は提供したでしょうか。コロナ禍での学術会議の活動をどう評価されていますか。
また、東日本大震災に伴う福島第一原発の事故の際には、国民は見えない放射能に恐怖し、心ない多くのデマも飛び交い、不安と混乱の状況が生じました。もしこのとき、放射線や放射性物質についての正しい知識があれば、こうした事態は防げたと思います。原発事故の際、学術会議は放射線や放射性物質に関する正確で有益な知見を国民に提供しましたか。原発事故に関しての学術会議の役割についてはどう評価していますか。
さらに、事故後、復興に向けてのALPS処理水の海洋放出について、中国政府が、我が国の海産物を汚染しているとみなして輸入禁止にするという不当な措置を取りました。これに乗じて、国内でも、一部の国会議員が処理水を汚染水と呼び、福島県民や漁業関係者への中傷を続けるということも起きています。学術会議は、科学的知見に基づいて、中国政府に対しきっぱりと抗議の意思を示すべきではありませんか。また、国民に対して、ALPS処理水の海洋放出の安全性について、正確な知見を提供すべきではありませんか。
また、旧優生保護法をめぐって、昨年七月の最高裁で同法が憲法違反として認定され、被害者への国家賠償を命じる判決が下されました。そして、国と原告との和解が合意され、国会においても、昨年秋、議員立法である補償金等支給法が全会一致で成立し、補償が始まっています。このように、法律的、政治的には長い年月を経てようやく一定の反省が示されたわけですが、この問題は科学的見地からの振り返りも大切だと思います。日本学術会議は、旧優生保護法の誤りについて、科学者の立場からどのような反省をしているのでしょうか。
以上、近年の社会課題に対する日本学術会議の対応や役割について、それぞれの政府の認識と見解をお答えください。
国民生活に科学を反映浸透させるという本来の目的がおろそかにされれば、一見科学のように見える偽情報に国民は翻弄されてしまいます。例えば、化学的には水と同じ性質のトリチウムが生物濃縮するかのような言説が一部にまかり通っています。こうした今もはびこる科学を装ったデマ情報への日本学術会議の対処方法をお聞きします。
学術会議をあるべき姿に改革していくためには、歴史的検証も欠かせません。最大の問題は、学術会議が内外の政治勢力からの影響を大きく受けてきたという事実です。
日本学術会議が設立された当時は、ソ連、中国共産党の社会主義勢力が台頭してきた時代でした。ソ連、中国の共産党を兄弟党としていた日本共産党は、民科イコール民主主義科学者協会を始めとする社会主義に同調的な科学者を組織し、学術会議の中心メンバーとして送り込んでいます。「日本共産党の七十年」の本には、同党が日本学術会議の設立に一定の役割を果たしたと誇らしげに書かれています。学術会議の設立が特定政党の成果のように語られること自体が、政治的中立性が求められる学術会議にとってふさわしくないことです。
学術会議は、特定の政治勢力や外国勢力から独立していることが最も重要だと考えます。法人化に当たっては、独立性を担保し、不当な支配を排除するために、例えば、海外からの不当な資金を供与されている者が会員にならないようにするなどの対策を講じるべきと思いますが、いかがですか。
会員には、自然科学のみならず、人文科学として法学や政治学の研究者も多くいます。これらの学問分野は、それぞれの政治信条とも深く関わるので政治的中立性を保つことが難しいと言えます。(発言する者あり)恥ずかしくないです。学術会議の運営が特定の政治思想に偏ることのないように、会議全体の政治的中立性をどのように維持するのか、見解をお示しください。
今回、独立した法人格を有する組織として整備すると説明されています。しかし、政府からの独立性を担保するのであれば、政府にひもづいた法人化ではなく、完全民営化の選択肢もあったのではありませんか。なぜ、今回、民営化ではなかったのですか。また、今後、民営化することを検討すべきと思いますが、いかがですか。
会員の選定について、現行の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命するという規定が改められ、本法案では、学術会議の総会が選任することとされており、総理は監事を任命するだけになります。しかし、それでも学術会議の内部から、政府は人事に口出しすべきではないという意見も上がっています。
会員を任命するから監事を任命することに総理の役割が変わることで、会員選任に関する政府の責任はどう変化するのでしょうか。監事は、人事についても影響力を持つことになるのですか。監事の具体的役割をお示しください。また、評価委員、選定助言委員会の役割についても御説明ください。
学術会議の設立当初には選挙で会員を選定していましたが、日本共産党がこの会員選挙に介入し、大勢の党員学者を立候補させたことで混乱が生じたことから、選挙をやめ、現行の推薦方式に変わったという経緯があります。本法案の総会が選任するとは、選挙や推薦とはどう違うのか。会員選定をめぐる不公正を防ぐ方策と併せてお答えください。
会員選定の方針については、今後も現行のコオプテーション方式を採用するとされています。コオプテーションは、現在の会員が次期会員候補を推薦する仕組みで、学術に関して専門性を持つ者にその価値の判断を委ねることが適当であるとの観点から、海外のアカデミーでも採用されていると説明されています。
しかし、これでは、組織内の価値観が変化なく維持されることになり、世間から隔絶し、いわゆる象牙の塔にこもることにもなりかねません。また、会員資格が利権となることも心配です。新しい学問的知見を積極的に取り入れるためにも、コオプテーション方式は一定の見直しが必要ではありませんか。
運営経費について、学術会議は、活動面での政府からの独立とともに、国家財政支出による安定した財政基盤を政府に要求しています。しかし、こうした、口は出すな金は出せという姿勢では、到底、国民の理解は得られるものではありません。
経費について、法案では、政府は、予算の範囲内において、日本学術会議に対し、その業務の財源に充てるために必要と認める金額を補助することができるとしていますが、何を必要と認めるのか曖昧です。国民が、無駄なものに税金を出すのかと思うことがあってはなりません。公費補助についての考えをお示しください。
使途についても明確に説明すべきです。
学術会議に対しては、令和六年まで毎年約九億五千万円が支出されていました。それが、令和七年には十二億円にまで増額されています。なぜこんなにも巨額な税金が必要なのか、お答えください。
海外のアカデミーを見渡すと、運営経費の全額を公費で賄っているのはごく少数で、ほとんどの国では、会費、寄附、事業収入などを財源としています。
例えば、一六六〇年に設立された世界最古のアカデミーである英国王立協会は、八割が公費ですが、そのほかは会員が支払う会費や事業収入を財源としています。カナダの王立協会は、公費に全く頼らずに、全額を会費、寄附、イベント収入、投資で賄っています。
我が国においても、学術会議の運営費用については、全額を税金に頼るのではなく、収益事業など多様な自主財源を設けるべきだと思いますが、いかがですか。中でも、寄附については、一般の人が少額から参加できるクラウドファンディングも普及しています。広く国民に学術会議への寄附を呼びかければ、国民の科学への関心も高まると思いますが、答弁を求めます。
最後に、学術会議の姿勢についてです。
先日、四月十五日、日本学術会議は総会を開き、本法案についての声明を発表しました。そこでは、科学者としての決意が表現された法律から、国、政府の側から見た学術への期待を表現する法律に変質させているなどと批判しています。しかし、科学は、科学者だけのものではなく、国民全てのためのものであるべきです。主権在民の今、政府が学問の自由を奪うということはあり得ないと考えますが、今回の改革により、学術会議はどうなっていくとお考えですか。
日本学術会議は、昭和二十五年に戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明、昭和四十二年に軍事目的のための科学研究を行わない声明、そして、平成二十九年には軍事的安全保障研究に関する声明を発表し、我が国の防衛に関する研究を拒否し続けています。
しかし、戦争を防止し、平和を維持するためにも、他国からの侵略を抑止するための防衛技術の研究開発を……(発言する者あり)そちらがどうぞ。研究開発を進めていく必要があります。今日の安全保障の厳しさを直視するならば、国防に関する研究も、知見を活用して社会の課題の解決に寄与するという学術会議の目的にかなうものです。かたくなな軍学共同反対のスローガンを改め、科学者が我が国の防衛や平和の維持に寄与できるようにしていただきたいが、いかがですか。
日本維新の会は、国民生活のあらゆる分野で最新の科学研究や学問的知見が生かされるべきだと考えています。その一端は、現在開催中の大阪・関西万博でじかに感じることができるでしょう。
今後、国民を豊かにする科学の発展を期待して、私の質問を終わります。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
〔国務大臣坂井学君登壇〕