酒井啓亘の発言 (内閣委員会)
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○参考人(酒井啓亘君) 御紹介あずかりました酒井と申します。よろしくお願いいたします。
本日は、このように意見を述べる機会を与えられ、大変光栄に存じております。
以下では、専門である国際法の観点から、いわゆるサイバー対処能力強化法案及びその整備法案について評価を行い、幾つか意見を申し上げることにいたします。
法案への評価に入ります前に、サイバー空間への国際法の適用についての現状を確認し、ここでは三点のみごく簡単に御説明しておきたいと思います。
第一点は、サイバー空間の活動には既存の国際法規則ができる限り適用されるということが多くの国家の間で合意事項となっているということです。
第二に、同じく国家間で合意されている点として、サイバー行動が外国領域で執行管轄権の行使という形態を取った場合には当該外国国家の主権を侵害する行為となり得るということが挙げられます。ただし、執行管轄権の行使に当たるかどうかの基準については、異なる基準を採用している国家もあり、全てのサイバー行動が執行管轄権の行使として主権侵害行為となるわけではありません。
第三に、問題となるサイバー行動が他国の主権侵害行為として国際法上違法な行為とみなされる場合でも、国家責任条文に規定されているような慣習国際法上の違法性阻却事由に該当する場合には、その正当化が可能であるということです。違法性阻却事由としては、対抗措置のほか、緊急避難、これは本国会の審議では緊急状態と呼ばれていますので、以降はここでも緊急状態と申し上げますが、この対抗措置と緊急状態の二つが特に現実には適用されるでしょう。実際にも、各国がサイバー行動に関して参照しているタリン・マニュアル二・〇においても対抗措置と緊急状態のルールについて比較的詳しく規定されております。
こうしたサイバー空間の活動に適用される国際法規則の内容に照らし、今回の法案の評価について、ここでは四点にわたり意見を申し上げたいと思います。
第一に、この法案で想定されている措置は武力攻撃事態に至らない状況での武力の行使とはみなされない措置での対応とされており、その意味で、国際法上の武力行使禁止原則の遵守が確認されているということに注目する必要があります。
確かに、いかなる措置が武力の行使に該当するかについて国際法上定まった定義があるわけではありません。しかし、問題となる措置が、少なくとも国内法上警察権の範囲内で比例原則に基づき危害の発生防止のために必要最小限度で実施されるのであれば、国際法上は武力の行使には該当しないと主張することができます。
第二に、アクセス・無害化措置を行う場合の国内法上の根拠規定となる改正警職法第六条の二第二項の規定は、この措置を国内法上適法に行使し得る条件を明確にしたものであって、国際法上の緊急状態の要件を定めたものと誤解してはならないということです。したがって、この規定に緊急状態の要件が逐一明記されていなくても、それ自体が問題となるわけではありません。
この規定の国際法上の効果は、国内法が定めた条件に従った国家機関の行為が、諸外国に対して我が国の国家としての行為であるということが明確に示されるということにあります。
ただし、国内法上適法な国家行為だからといって、それが国際法上も合法であるというわけではありません。アクセス・無害化措置が国際法上合法であることを主張し、又は違法行為と疑わしい場合に違法性阻却事由を援用してその正当化を図るためには、別途、国際法規則を適用して判断しなければならないのです。
すなわち、第三に、アクセス・無害化措置が国際法上合法化されるかどうかはあくまでも国際法規則に従って判断されなければならず、この法案の内容もそれを前提とした立て付けになっていることを確認する必要があります。その場合の国際法規則は、主として主権平等原則や不干渉義務といった規則であり、これらに違反すれば国際違法行為となります。
ただし、主権侵害が生じる敷居については、各国によって意見の相違がないわけではありません。国家によっては、具体的な損害が生じなければ主権侵害を主張しないところもあります。その場合には、アクセス・無害化措置は物理的被害や機能喪失を発生させないものと想定されていますから、その国との関係では国際法上合法な行為として主張できることになります。
他方、具体的な損害が生じなくても、この措置が執行管轄権の行使であることを理由に、主権侵害行為としてその違法性を主張する国家も存在します。その場合には、当該措置が国際法上合法か違法かについて見解が対立し、両国間に紛争が生じる可能性も出てくるでしょう。我が国は、この場合、この措置が国際法上合法であると主張しつつ、他方で、仮に違法であった場合でも、違法性が阻却され正当化されるという主張を行わなければなりません。
したがって、第四に、この法案では、我が国のアクセス・無害化措置について、相手国が主権侵害による国際義務違反を主張する場合には、国際法上の違法性阻却事由によりこの措置を正当化することが可能とされていることが重要です。
すなわち、国際法の一分野である国家責任法に定められた違法性阻却事由の制度を用いて問題の措置の正当化を図ることが予定されていなければならないわけです。ここで想定される違法性阻却事由は、主として対抗措置と緊急状態ですが、多くの場合、緊急状態の方がサイバー行動の正当化には適合的な要件を有すると言えるでしょう。
改正警職法第六条の二第二項は、緊急状態が成立するための要件そのものを規定したものではありませんが、その発動を妨害しないように、国際法上の要件との不一致が生じないような規定内容となっています。その意味で、アクセス・無害化措置が行われる場合には、この国内法規定とともに国際法規則に合致したものでなければならず、この法案はそうした条件を備えた内容となっているものと評価することができるでしょう。
最後に、この法案が成立した後、このサイバー対処能力強化法及びその関連法令とそれに基づく国家実行が国際法の観点からいかなる意義を有するのか、そして、その意義を実現していくためにはいかなる課題が残されているのかを四点ほど意見を申し述べたいと思います。
第一に、この法律及び関連法令の実施によって、重要インフラが保護され、我が国の安全や公の秩序の維持が図られるという国内レベルでの目的が実現するのに加えて、実際には、グローバルなレベルにおいてサイバー空間の安全と国際社会による安定的なその利用への貢献が図られるということがあります。
しかし、こうした状況が実現するためには、この目的の実現手段を実施する能力を向上させなければなりません。この能力を向上させるためには、その作業に適した人材の投入と発展する科学技術のフォローが不可欠です。サイバー行動に関係する人材の育成は様々なところで主張されてきたところですが、これまで見てきたように、サイバー行動に関係する国際法規則の専門知識に理解の深い人材の育成もまた急務であるように思われますし、特に民間部門で発展が著しい科学技術などについても実施機関が不断に取り入れていく必要があります。それとともに、グローバルにサイバー空間の安定的利用が確保されるためにも関係国との連携は不可欠ですし、この点での国際協力を強く進めていくことが重要です。
第二に、この法律の目的を達成するために実施されるアクセス・無害化措置は、我が国の安全や公の秩序の維持のために実施されるものであり、その場合でもできる限り人権保護を尊重し、人権を尊重しなければならず、この点は、国際法の観点からも安全保障と人権保護のバランスをいかに捉えるかという問題に関わると考えられます。
いずれにおいても、国際社会にとって重要な価値を表すものであり、その優劣はあらかじめ簡単に決められるものではありません。そのバランスを図るためには、個別具体的な事案ごとに保護法益と被侵害法益の内容などを特定し、それに対する具体的な措置の影響を検討しなければならず、この点は今後の実務において留意しなければならない問題であるように思われます。
また、アクセス・無害化措置の実施に行き過ぎや濫用が行われないようにするためには、第三者機関としてのサイバー通信情報監理委員会が実効的に機能することが不可欠です。このため、その作業には、憲法、通信法といった国内法と、サイバー行動に関連する国際法にそれぞれ精通した専門家の助力をどのように得ていくかということも今後の課題となるでしょう。
第三に、これも国際法の観点からですが、国際法を形成するプロセスにこの法とその実施が貢献するということがあります。すなわち、サイバー対処能力強化法とその関連法令の内容及びこれらに基づく我が国の国家実行が、サイバー空間での活動を規律する国際法規則の形成、発展に大きく貢献するということもその意義と見ることができるのです。
この法案が成立して正式に国内法として施行されれば、その内容自体が日本の国家実行を示すことになりますし、この法に基づくアクセス・無害化措置の実施とその国際法上の根拠や正当化に関する我が国の主張もまた日本の国家実行として諸外国の注目を集めることになります。
御承知のように、具体的な行為を行う行政府はもちろん、国内立法を行う立法府もまた国家機関の一つとして国家実行の担い手であります。したがって、この法の制定もまた国家実行となり、慣習国際法の形成などを通じて、サイバー空間の活動に関連する国際法規則の形成、発展に大きな寄与を果たしているのです。
また、こうして形成されるルールには、いずれは、国家機関のみならず、サイバー関連の民間セクターに関係する企業等も実質的に国際法形成過程に関与することが期待されます。そこでは、国家を拘束する国際法規則だけではなく、私人を直接規律する非法的なルール作りも視野に入れられることになるでしょう。
サイバー空間の活動を規律する国際法規則の形成には、当然のことながら、他の諸国もまたそれぞれの国家実行を通じて関与していますので、他国の動向も不断に検討しておくことが重要です。
それと若干関係しますが、最後に第四に、他国との関連でこの法律の役割をどのように考えるかということがあります。これは、特にアクセス・無害化措置をめぐり、相手国から懸念や抗議が伝えられる場合に重要です。我が国がサイバー空間での活動について正当化のための法的議論を展開していく際には、この法律とそれをめぐる関連国際法規則の解釈適用が行われるわけで、この法律と国際法規則の解釈が我が国の主張の根拠を提供することになるからです。
しかし、相手国との間で見解の相違が生じた場合には、相手国も自己の主張に都合のいい国内法や国際法規則の解釈を用意するのが一般的です。お互いに自らの主張とその根拠を持ち寄って、それぞれ国益を追求しつつ、紛争を悪化させないように協議することになりますが、その関係国間の協議を建設的なものとするためにも、次のことに留意することが必要ではないかと思われます。
まず、両国間で問題となった措置をめぐる事実やその内容などについて、自国の省庁間で関連事実や情報を正確に、かつ確実に共有しておくとともに、国家として自己の行動を正当化することを目的とした法的議論の一貫性を維持できるような制度的枠組みを準備しておくことが必要です。
また、国際社会においては見解の相違は頻繁に見られるのであり、国家間での紛争解決の内容が結果として第三国の行動にも影響を及ぼし、最終的に新たな国際法規則の形成に寄与することも少なくありません。このように、個別の紛争解決がサイバー空間を規律する新たな国際法規則の形成の端緒となることにも留意した努力を行うことが必要でしょう。
紛争の発生との関連では、我が国に所在するサーバー等が何らかの形で操られ、そこを起点として他国の法益を侵害するような攻撃が行われるという状況で、我が国自身が責任を問われる危険があるということも認識すべきです。したがって、我が国も自国領域を適切に管理して、国際違法行為国となることを回避しなければなりません。
この問題は今回の法案が想定する状況の範囲を超える課題ではありますが、できるだけこの問題にも対応する必要があることを最後に指摘して、私の意見陳述を終えたいと思います。
御清聴どうもありがとうございました。