森屋宏の発言 (本会議)

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○森屋宏君 本院議員足立敏之先生は、昨年十二月二十七日、モルディブ共和国における不慮の事故のため、御逝去されました。享年七十歳、誠に哀悼痛惜の念に堪えません。
 今回、同国を訪問されたのは、御家族とのプライベートでの訪問だったそうですが、平成十六年にスマトラ島沖で発生した地震に伴う大津波の際、日本の技術で整備された防波堤が首都マレを守り、一人の死者も出さなかったという事実があり、その事前防災の効果や離島のインフラの状況などを視察された上で帰国後に報告される予定だったとお聞きしており、余りに突然のお別れでありました。いまだに信じることができない思いであります。
 私は、ここに皆様のお許しを得て、議員一同を代表し、正四位瑞宝重光章故足立敏之先生の御霊に対し、謹んで哀悼の言葉をささげます。
 足立敏之先生は、昭和二十九年五月二十日、兵庫県西宮市にてお生まれになり、和歌山県立桐蔭高等学校を経て、京都大学工学部交通土木工学科に進学をされました。
 その後、昭和五十四年に京都大学大学院工学研究科修士課程を修了されたのち、旧建設省に入省をされました。
 そして、兵庫県庁への出向や、秋田県の東北地方建設局玉川ダム工事事務所、神奈川県の関東地方建設局宮ケ瀬ダム工事事務所長を務められるなど、常に第一線で活躍してこられました。その後、平成十八年には河川局河川計画課長、平成二十一年には四国地方整備局長、平成二十三年には中部地方整備局長、平成二十四年には水管理・国土保全局長を務められ、さらに、平成二十五年には技術系のトップである技監に就任をされ、平成二十六年に国土交通省を退官されるまで三十五年の長きにわたりインフラ整備や防災、建設産業の振興などに多大な貢献をされてこられました。
 こうして国土交通省で御活躍をされていた先生に大きな転機が訪れます。平成二十八年に第二十四回参議院議員通常選挙に比例代表から立候補し、当選をされました。
 そして、令和四年に第二十六回参議院議員通常選挙において再び当選を果たされ、八年七か月にわたり、国政に全力で取り組んでこられました。
 足立先生は、本院におかれまして、国土交通委員会、財政金融委員会、議院運営委員会、決算委員会、予算委員会、災害対策特別委員会、東日本大震災復興特別委員会、政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会、国民生活に関する調査会、憲法審査会など、所属された委員会、調査会は多岐にわたりました。
 ダムや防災分野を専門とされる先生ではありますが、二期目には、財政金融委員会で委員長として御活躍をされました。
 また、特に、国土交通委員会は、財政金融委員長であられた期間を除いて、任期中一貫して在籍された、先生の議員活動の中心でありました。
 先生は、御自身が土木技術者であることから、一貫して追求してこられたのは、防災・減災、国土強靱化への取組でした。強靱な国土づくりをより強力に進め、国民の皆様が安心して暮らせる社会をつくりたいとの強い思いから、情熱を傾けてこられました。
 欧州における水害調査の際にドイツで災害対応に当たる技術支援隊の存在を知った先生は、河川計画課長時代の平成二十年四月、大規模災害発生直後より、被災地方公共団体等が行う災害応急対応に対する技術的な支援を円滑かつ迅速に実施するための緊急災害対策派遣隊、テックフォースを創設をされました。創設時には約二千五百人だった隊員が、令和六年四月現在では、全国で約一万七千人にまで強化されました。昨年の能登半島地震では、多くの隊員が被災地に派遣をされ、早期復旧等を支援をしました。また、能登半島地震から復興途上で発生をいたしました九月二十日からの大雨の際にも、発災直後から多くの隊員が被災地に派遣されるなど、大規模自然災害時に被災地の早期復旧等を支援するため、今やなくてはならない存在になっています。
 そして、先生の御功績で忘れてはならないのは、地球温暖化に伴う気候変動により豪雨災害が激甚化することへの対応をライフワークとして活動されてきたことでした。河川計画課長時代に注力され、平成十九年八月に立ち上げられた社会資本制度審議会気候変動に適応した治水対策小委員会では、実に二十二回もの審議を重ね、平成二十七年八月に、水災害分野における気候変動適応策のあり方についてという答申を最終的に取りまとめられました。答申では、気候変動を見据えて、想定最大規模降雨に備え、施設では守り切れない事態を想定し、社会全体が災害リスク情報を共有し、施策を総動員して減災対策に取り組むという現在の流域治水の原型とも言える考え方に結実されていました。その成果として、国土交通省を退官後の平成二十七年には水防法が改正をされ、想定最大規模降雨を基本としたハザードマップを作成することが法的に義務付けられたのであります。
 また、先生は、災害対策特別委員会にも長く在籍をされ、自然災害が発生した際には災害現場にいち早く駆け付けて被災状況の調査を行うなど、治水対策、防災、災害対応などの諸課題に取り組んでこられました。
 先生は、一緒に働く職員、とりわけ部下をとても大切にされる方でした。日頃から、ありがとう、お疲れさまとねぎらいの言葉を掛けるのはもちろんのこと、課題が多く厳しい現場へ赴任する職員については、赴任先に対して、自分が信用している職員だからと紹介されるなど、不安に思う職員の心情を理解され、温かく送り出されていたそうです。また、先生は、顔の見えるコミュニケーションを大事にされ、宮ケ瀬ダムの所長時代には、地元の方々や施工業者の方々と膝を突き合わせて議論をし、様々なイベントを共にすることで信頼関係や連帯感を築いてこられたそうです。現場作業員も含めてダム建設に携わった全ての方々の名前の入った記念碑を設置されるなど、関わる人全てに対し深い配慮と愛情を持ちながら接し、現場の人全てが一体となったチームをつくり上げられていたそうです。
 さらに、足立先生は、「建設産業の再生なくして、日本の再生なし」、「インフラの再生なくして、日本の再生なし」をキャッチフレーズとして、建設産業や現場の声を代表する観点からも御活躍をされました。公共工事の品質確保の促進に関する法律を含むいわゆる担い手三法の改正に御尽力をされたほか、全国各地で発生する大規模災害の現場に直ちに入られ、災害の最前線で尽力をされている建設産業の現場や被災地の切実な声を的確にまとめ、国会に報告されてこられました。
 これまで足立先生が関わってこられた御功績を挙げれば尽きることはありません。そのことは全国の皆さんが評価され、感謝をされています。
 足立先生、通夜、葬儀には全国から先生のお仲間や関係者の皆さんがたくさんおいでいただきましたね。先生への感謝の気持ちを伝えようと、尽きることのない長い列が続きました。
 そして、先生は議員会館が隣の部屋である私の部屋にもよく寄っていただきました。いつも私のことを先輩、先輩と言って、三つ年下の私を立ててくださいました。全国の災害現場を回ってこられた話を熱く話され、何よりも減災のための事前対策が大切なんだと訴えられた先生のその言葉は今も私の耳から離れません。
 これから、地球温暖化に伴う気候変動の影響により更に頻発化、激甚化が予想される水災害に対応するため、治水対策の強化が必要とされるこの時期に、参議院のみならず国政にとっても必要とされる先生が御逝去されたことは、誠に痛恨の極みであります。
 足立先生が精力を注ぎ続けた気候変動による豪雨災害の激甚化から国民の命と暮らしを守るという御遺志は、今後国会の場において、我々議員一同が引き継いでまいります。
 ここに謹んで、在りし日の足立敏之先生の篤実なお人柄と数々の御功績をしのびつつ、本院を代表して御冥福をお祈り申し上げ、哀悼の言葉といたします。
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発言情報

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発言者: 森屋宏

speaker_id: 14132

日付: 2025-01-24

院: 参議院

会議名: 本会議